2011年12月12日

埋蔵文化財試掘

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更地
更地となった<三家族の家>の敷地  以下4点ともGR DIGITAL III

1週間ほど続いた解体工事が完了し、更地となった<三家族の家>の敷地。
それを受けて今朝は池田市教育委員会による埋蔵文化財の試掘調査が行われました。

試掘
教育委員会の担当者の指示で、穴を掘って行きます

敷地近くには尊鉢厄神(下写真)や鉢塚古墳などがあって、それなりに歴史のある場所なので、なんぞ出るのでは、と思って立ち会っていましたが、何も出ず、というか、黒い泥土ばかり。

尊鉢
厄神大祭の際にはごったがえす参道も今朝はひっそり

なにか重要なものが出土したりすると、本格的な発掘調査となって工事が止まってしまう可能性もあったので、何も出なかった事は幸いなのですが、問題は泥土。
昔は池か沼だったかというような感じで、見ている間にも水が湧いてくるようなフニャフニャの腐葉土・・・地盤調査はこれからですが、どうも十中八九、地盤改良が必要となるような軟弱地盤のよう。
増えるコストは仕様変更などどこかで調整しなければ・・・。どうも、そんな風になりそうな気配です。  

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2011年12月03日

怪獣

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怪獣の正体は解体工事のクラッシャー・・・。

解体工事
バリ、バリバリバリ・・・頑丈な壁や梁も、あっという間に破壊されます  GR DIGITAL III

先週、工事契約も無事締結に至り、昨日から工事がはじまった<三家族の家>。今日からクラッシャー(重機)を入れて、既存家屋の本格的な解体工事がはじまりました。
という事で、事務所の近所なんで昼飯食べついでに、チラ見に。
住まい手Oさんが長年住み続けてこられた空間、暮らしの場。そんな感慨は横に置いたとしてもなく、やっぱり古い家屋がバリバリと破壊されて行くのを見るのはなんだか哀しいもの。
でも、これは新たな門出の一歩・・・これから紡いで行く暮らしのための第一歩。だからこそ私たちの仕事は、より快適な住まいの構築をめざして頑張らねば!なのでした。  
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2011年10月18日

現調

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シロハギ
通勤道で撮ったシロハギ  以下2点ともGR DIGITAL III

今日は朝から快晴の空が広がったここ池田川西界隈。風も爽やかな一日です。
そんな昼下がり、先日現説を行った<三家族の家>の現調を開きました。
敷地に見積参加工務店3社に来てもらって、まあ、主には今までのお住まいの解体工事に関わる実測などを、といったところです。

既存家屋
今までのお住まい  緩勾配の屋根に均整の取れたファサード、随所に見受けられる凝ったディテール・・・おそらく名のある設計者の作と思われますがの、先代が建てられた住まいで図面も残っていないため、設計者は不明

工事契約が成れば、この住まいともお別れ。
私と同い年ぐらいの歳月を重ねた建築なので、住まい手でなくとも、なんだかもったいないような、致し方ないような。  
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2011年08月26日

昔ながらの素材

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昨日の記事<がんがら火 2011>でもチラッと書いていたように、24日の日中は<ホボヒラヤの家>の現場へ・・・外壁の焼杉板張が進められています。

南側外観
南側外観  以下6点ともGR DIGITAL III

目神山の家>では表面の炭化層をブラシで落とした焼杉板を用いましたが、今回は焼いたまんまの炭付き焼杉。
アップで撮るとこんな感じ ↓・・・素晴らしいテクスチャでしょ。(^^)v

テクスチャ
今は真っ黒けですが、経年変化でだんだんと銀鼠色に変化してゆく、はず

ただ、大工職はたいへん。
ちょっと触っただけでも炭が付くので、作業中は手や顔が真っ黒け・・・暑い上のこの作業、ご苦労をお掛けしています。

寸切り
ちなみに焼杉板は中本造林の子会社・中本造林徳島が作っている既製品・・・この現場から徳島は目と鼻の先です

大工さんがこうなるのだから、当然、竣工後もしばらくは炭が付きます。
なので、玄関周りや1枚目の写真に写っている物干場(まだ板が張られていない部分)など人が触れそうな所には、焼杉ではなくキシラデコール・ジェットブラック色を塗った杉板を張るように計画しています。

釘で、左は板張りに使っているスクリュー釘。

外壁を板張りにする場合、どんな釘を使うか、いつも悩みどころなのですが、今回は工務店側から「こんなんどうです」と、ステンレススクリューに黒色焼付した左の釘を進められました。
釘頭が小さいと板が反った時に頭が沈んで、やがて抜けてしまう可能性がありますが、これだけ広がっていればまず大丈夫だろうという事で即決採用!
設計ってこんな小さな物品の事まで考えないといけない・・・ある意味、面白いでしょ。(^^)

さて、話し変って下写真に写っている四角い物はいったい何のサンプルでしょう?・・・岩おこしではありません。(^^)

人研
工務店が用意してくれたサンプルはもっとあったのですが、ここではとりあえず良いなと思った5点をピックアップ

正解は人造石研ぎ出し、通称・人研ぎと呼ばれる仕上げのサンプル・・・私と同年代前後の方は、子供の頃、学校の手洗場や足洗場でよく目にした仕上げ、と言えばピン!とくるんじゃないでしょうか。
寒水石(結晶性炭酸カルシウム=平たく言うと大理石と似たような小粒の石)や色の綺麗な鉱石を白セメントや左官用顔料と混ぜて塗り、乾燥したところでサンダーや砥石で研ぎだす左官仕上げの一つです。

1ドル360円だった昔は、輸入ものの建築用石材なんてとんでもない値段だったでしょうし、国産といっても資源は限られていたので、その代用としてよく使われた、という事での「人造石」です。
でも、いまや1ドル75円の時代。中国産大理石なんてヘタするとタイルより安かったりしますから、手間の掛かる(=コストが高い)こんな仕上げはまず使われなくなってしまって、技巧も継承されず、廃れて行く一方。「そんな仕上げ、知らんわぁ」という左官職も増えてきています。

でも、施工工務店・船越工務店さんは元々左官が本業。社長さんは粒ぞろいの左官職が居並ぶ淡路島でも頭一つ抜けたくらいの技をもつ一流の職人さん。
こんな機会は滅多にない!と図面や見積には無かったのですが、浴室(在来工法)のちょっとした部分(でも目立つ箇所)に人研仕上げを使いませんか、と提案というかお願いをしたら、どんな色の感じにするとか何も打ち合わせをしていないのに、倉庫の片隅に眠っていたという材料(残っていた事自体もスゴイ)でホイホイと作ってくれたのが、これらのサンプル、というわけです。(^^)
もし今、この中から選べと言われたら奥から二つ目、白ベースに濃緑色の蛇紋石を練り込んだ仕上げかな・・・でも、まだいろいろと社長さんの話を聞いた上で、再度のサンプル作りや住まい手との打合せへと進めて行きたいと思っています。

ちなみにこの社長さん(失礼ながら、人柄は社長というよりも生粋の職人さんという感じの方)、基礎工事の時だったか、私がボソっと「三和土(たたき)をどこかで使えたらいいんですけどね」なんて話してたら、建方の際、下写真のような見本をこれまたホイホイと作って持ってきてくれていました。このホイホイさも、またスゴイ!と思うのです。

三和土調仕上げ
地面の土と同化しそうな、とても良い感じの仕上げ
だた、これはほんまもんの三和土ではなく、三和土調仕上げといった船越さんオリジナルの床仕上げ・・・とは言え、表面硬度はほんまもんと同じく、土とコンクリートの中間といったくらいに仕上がっていました


残念ながらこの住まいでは使う場所がなく、サンプルのみに終わりそうですが、いつか機会があれば使ってみたいと思う味わいでした。

そんなこんなで、焼杉も含め、こういった日本に昔から伝わる素材や仕上げは、様々な理由から私も含め使う機会がほんと少なくなってきていますが、こんな風に住まい手の快諾も得られ、腕の良い職人さんたちに出会えるチャンスがあるなら、積極的に使って行きたい、そう思っています。  
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2011年08月25日

がんがら火 2011

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今日はチキンラーメンの誕生日(即席ラーメンの日)。
池田市内の小さな小屋で安藤百福さんの手により生み出されたチキンラーメンが、53年前のこの日、梅田の阪急百貨店ではじめて販売された事にちなむそうです。
で、その前日の夜といえば、池田の夏祭り<がんがら火>。

金魚すくい
がんがら火に合わせて同時開催されている<いけだ・いらっしゃいフェスティバル>の出店から、金魚すくい
以下8点(動画含む)ともGR DIGITAL III


<がんがら火>についてのああじゃこうじゃは過去の記事<夏の終わりに>などをご覧いただくとして、今年のがんがら火の雰囲気をビジュアルを中心にご紹介。

大松明1
池田駅前にて体勢を立て直す大松明  曳き手の呼吸があわないとすぐ倒れる松明・・・それががんがら火の醍醐味

今年は大松明が2対4本だけ。昨年・一昨年は見られなかったので、今年だけの事なのかわかりませんが、近年はずっと3対6本だったので、ちょっと寂しい・・・まあ、でもそれなりの熱気と迫力はありました。

そんな熱気や迫力はやはり画像よりも映像の方がよく伝わる、という事で<島まつり>の阿波踊りに続き、今回もGR君による動画撮影に挑戦。
さくら通りを進む大松明

大松明の数は減ったものの、祭り見物の方は収拾がつき難いくらいの大賑わい・・・今年は平日開催になったにもかかわらず、私が見物したがんがら火の中では、たぶん過去最高の人出だったのでは、と感じるくらいの人・人・人でした。
知名度が上がってきて、TVでも事前にニュースで取り上げたりしてますし、もちろんこのブログでの紹介も、(ほんのちょっぴりくらい)宣伝に役立っている(と思いたい)。(^^)

大松明3
市役所前にて  呼吸があわず倒れそうになる大松明

ただ、これだけの人出になると観衆の整理・制御が課題となってきているよう。
観衆のマナーの悪さがそもそもの原因ではあるものの、それを注意しようとハンドマイクでがなり立てる警備員の怒声で祭りの雰囲気はぶち壊し!
そりゃ、大松明が観衆に倒れこんだらしたら大事ですから、がなり立てる気持ちはわからなくもないが、ここまでの集客数となるとその辺の祭りの雰囲気を壊さない対応策、マニュアル作りが必要になってくるのでは、と思った今年のがんがら火でした。
池田警察署前辺りを進む大松明  動画の後半、カメラの前で頭を下げる人たちは松明から落ちた消炭を拾う人たち
市役所を過ぎたこの辺りになると観衆も減ってくるので、さほどでもありませんでしたが、前半、警備員の何人かはこれらの人たちまで統制しようとしてかなり混乱してました・・・なんか、あーぁって感じ


大松明曳きはこの警察署前から城山町の交差点まで、まだまだ1時間くらい続くのですが、この日は日中<ホボヒラヤの家>の現場に行って疲れていた事もあって、これにて退散。最後に撮った1枚が下写真。

大松明2
この頃になると曳き手も見るからにへとへとですが、男の汗に惹かれた女性(?)の観衆も数多し ガンバレです (^^)v

ちなみにがんがら火では大松明だけでなく、こんなかわいい松明の行進もあります。↓
池田駅前公園を市役所前へと進むこども松明

がんがら火が終わると、ほんと今年の夏も終わり・・・そんな池田の風物です。  
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2011年08月09日

島まつり

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帰省話第二段は島まつり二夜目のおどり大会の模様をご紹介・・・正式名称は第64回淡路島まつりですが、私が子供の頃から島の人間は単に「島まつり」と読んでるので、タイトルはそれで。
加えてイベント名称は「おどり大会」となっているんですが、実際は阿波踊りオンリー・・・と、昔はそうだったんですが、最近はよさこいやらサンバ系やらが三つ四つ混じっていてチーム(連)で踊るならなんでもOKの様子。
これも時代なんでしょうね。

阿波踊り
本町商店街にて  以下9点(動画含む)ともGR DIGITAL III

上の写真を撮った場所は実家から南に20mくらいの場所・・・踊りは市内を流しながら、メイン会場と3つ(だったはず)のサブ会場で行われますが、そのサブ会場の一つ本町5&6丁目商店街。
ちなみに今の実家と私が大学進学まで生まれ育った実家は違うのですが、小学生の頃も、混雑するメイン会場を避けてここら辺りが踊り見物の定位置でした。

本町商店街
近年は女性であっても男踊り(1枚目)をする人が増えていますが、おじさんとしてはやっぱり網笠で顔をそこはかとなく隠した女踊りの方に惹かれるものが・・・(^^;

一方、こちら ↓ は実家から東に50mのメイン会場・堀端筋・・・そう、部屋の中に居ても鳴り物の音だけは否が応でもうるさいほどに響いてくる実家です。

堀端筋
コンテストの審査員席(右手の白いテーブル席)があるメイン会場・・・踊りへの気合いが違います

と、さすがに阿波踊りは写真だけではなかなかその雰囲気が伝わらないと思ったので、GR君で動画撮影に初挑戦・・・YouTubeのアカウントもとって初アップロードしてみました。(^^)v
本場徳島市の阿波踊りに比べたら、足元にも及ばないのかもしれませんが、踊りの熱気に変わりはない、と思う

上はお馴染みの阿波踊りですが、十数年前から8ビート系の鳴り物で踊る新調阿波踊りなるものが生まれ、そんな連が増えてきている様子・・・なかなか血沸き肉踊る響きです。で、それも動画で撮ってみました。
途中、1ヵ所映像が乱れます・・・ご了承下さい

一見、正調阿波踊りとはまったく違うような感じに見えますが、右足を出した時に右手(右肩)を出すという、古来よりの日本人(武士)の歩き方を踏まえた阿波踊りの基本所作は同じなので、やっぱりこれも阿波踊りなんでしょう・・・たぶん。(^^)

さてさて、この夜、私はメイン会場とサブ会場を行き来しつつ、途中、実家に涼みがてらに寄ってケーブルテレビでの生中継を観たりしてましたが、父は血が騒ぐのか夕食後に飛び出していったまま帰らず・・・先日、82才となりましたが、それにしては元気です。(^^)
一方、母は足が悪い事もあって、窓から聞こえて生の鳴り物の響きを聞きながら、ずっとテレビでの見物。
子供たちはと言えば風呂上がりにカキ氷の屋台を探しに会場に出てきましたが、見つからなかったようで、以後はテレビの前でおばあちゃんと・・・まったくもって血が騒いだりはしなかったようです。(^^;

まあ、そんなこんなで夜は更けて全ての連が踊り終わったのは21時半くらいだったか。
そしてフィナーレは、いくつかの連が縦一列になって踊り歩く、総踊り。この頃になると見物客が少なくなるので(まあ田舎なので、皆さん夜が早い)、見物席最前列の茣蓙席から地べたアングルで撮ってみました。

総踊り
先頭を切る纏提灯
正調阿波踊り
正調阿波踊り
えーっと、メインの被写体は真ん中で踊る首からおじいさんの写真でしょうか、を提げた子ですからね、念のため・・・(^^)

鳴り物
三線と横笛、鐘と太鼓の鳴り物
新調阿波踊り
新調阿波踊り  写真徒然関連写真: 阿波踊り

まつり三夜目の花火大会が8月の第1日曜日となる週末に開かれる島まつり。
毎年、そこに合わせて帰省できればと思いつつも、なかなか叶いませんでしたが、今年は最も遅い週めぐりとなった事もあって、10年ちょっとぶりくらいにまつりの夜を楽しむ事ができました。
一年先の話になりますが、皆さんも海水浴がてらにでも、どうですか。ぜひ、お越し!  
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2011年07月25日

アナログ放送

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昨日の正午で地上波アナログ放送が終了してしまいましたが、午前零時まではその旨のテロップを流しているとニュースで言っていたので、どんなテロップが出てるんだろうと昼飯時にアナログに切り替えてみたところ、うちのテレビでは今まで通りちゃんとアナログ放送が写る・・・とうに正午を回っているのに?

そういえば、我が家は近所に建つNTTの鉄塔の電波障害対策でテレビはJ:COMのCATV。
J:COMでは2015年3月末までアナログ放送を流してるんだった。
http://www.jcom.co.jp/services/tv/digiana/schedule.html

アンテナ
通勤道にある集合住宅の電波障害対策用共同アンテナ  GR DIGITAL III

だからどやねんという感じながら、そのテロップが見られず、娘たちと悔しがった昨日の昼下がりでした。(^^;  
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2011年06月26日

心斎橋今昔

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昨日の午後は前回の記事で書いていた打合せのために守口市方面へ。

遊歩道
最寄り駅からはこんなステキな遊歩道を通って住まい手宅へと向かいました  以下2点ともGR DIGITAL III

ご要望の聞き取りや手持ち家具の実測などが終わって夕刻。
バーゲンシーズンですし、久々にお気に入りのブランドのシャツでも買おうかな、と大阪市営地下鉄の今里筋線長堀鶴見緑地線を乗り継いで、心斎橋へ・・・大阪市内では心斎橋にしかお店がないブランドなので、ちょっとした遠征です。
ところで、私、今里筋線に乗車したのは開通以来この度がはじめて・・・隠れテツとしてはちょっぴりワクワク。(^^)
車両は長堀鶴見緑地線と同形式の架空線鉄輪式リニアモーターの低天井・狭幅のミニ地下鉄。
開通以来、「なんでこんな地下鉄掘ったんや」と事ある毎に論議されるくらいの大赤字路線のようですが、走り出した以上、なんとか利用者が増えるように頑張って欲しい、と思うのはやっぱりテツ魂、かな。

閑話休題・・・トンネルの中を電車に揺られる事しばし、まだ明るい内に心斎橋駅に到着。

心斎橋筋商店街
エスカレーターで地上に出れば、そこは心斎橋南詰
えーっと、別にユニクロに行くためにわざわざ心斎橋まで行ったわけではありませんので、念のため・・・なにせ事務所の向かいがユニクロ池田店なんですから (^^)


今は亡きソニータワーに変わって心斎橋南詰の顔となった感のあるこのユニクロ心斎橋店ですが、実はこのビル、私が某設計事務所勤務時代に設計監理を担当させてもらった店舗ビルをぶっ壊して建てられています・・・私が担当したビルはこの心斎橋筋側ではなく鰻谷南通り側で、いま裏口というか搬入口になっているところに建っていたんですけどね。
まあ、なんだかんだいってもバブル経済時だからこその産物のようなビルで、今世紀に入ってからは廃墟同然になっていたようですから、ユニクロが悪いという事ではなく、この界隈の大地主Sさんの問題だったんでしょうけれど・・・。
ともかくも、長くは持たずにこうやって更新される運命やろな、と担当者にもかかわらず竣工した直後からなんとなく悟っていましたから、その店舗ビルについては論外としても、来るたび毎に年々、街が荒んでいっている、と感じるこの界隈。

私が大学生だった頃、既に「心ブラ」の時代とは遠く隔たっていたとはいえ、それでも街角のそこここにはまだまだ「粋」が残っているなぁ、と感じたりしていました・・・まだ街に「文化」の名残りがあったんだと思います。
行付けだった店は年を経る毎に減って行き(その昔、結婚披露パーティを開かせてもらった店も既に無く)、低価格が売りだけの薄っぺらな店構えの店舗が建ち並ぶ通りには、クーポン券みたいなものを持った飲食店の客引きばかりが目立つ文化の「ぶ」の字も無い、ただ「消費」だけが一人歩きしている低俗な街になったと、悲しいかな、感じます。
もう、元にはもどらないのかぁ・・・店舗設計は(先のような経験もあって)原則、受けない私ですが、そんな元へと戻るキッカケとなるような店舗関連の仕事があれば、それはそれで貢献させていただきたい、と思ったりもするんですけどね。
・・・なんかないでしょうか。←思いっきり他力本願 (^^;  
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2011年06月02日

完了検査

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外部足場が撤去され、竣工&引渡しに向けていよいよラストスパートに入った<目神山の家>。
そんな今朝は指定確認検査機関による完了検査でした。
ちなみにうちの事務所では開設以来、一部の例外を除いて確認申請と各検査については、ずっと日本テスティングという検査機関に依頼してきましたが、昨年、ビューロベリタスジャパンと完全統合されたために、今ではビューロに頼んでいます。
業界の方ならご存知でしょうが、ビューロは申請費用や検査費用が他の検査機関に比べてやたら高い(まあ、国際組織で高い成りの理由は理解できますが)・・・でも裏技的なサービス(?)があって、うちの事務所のような日本テスティング時代からのお得意さんには会員カードみたいなものが発行されていて、申請時にそのカードを提示すれば、料金は日本テスティング時代のままのお安い料金にしてくれる。これ、とってもお得なサービスです。(^^)v

排水管埋設工事
排水管敷設工事が進められていた今朝の現場  以下2点ともGR DIGITAL III
って、足場が取れてからのこのアングルは今回が初登場でしたね・・・ほんとは青空が広がっている時に撮って掲載したかったのですが、梅雨入りしてしまい、そんな事を言っているといつ掲載できるかわからないので、英断?! (^^;


と、まあ、こんな状態の現場でしたが、完了検査はなんの指摘事項もなく終了&合格。
まだ「風致地区内における建築等の規制に関する条例」に基づく西宮市の完了検査が残っていますが(こちらは外構工事や植栽が完了後)、竣工に向けてのステップをまた一段登った今日の<目神山の家>でした。

という事で検査後、事務所に戻るためにスタッフと共にバス停へ向かったのですが、阪急バスのダイヤが改定された事を、現場を出てからスタッフが指摘・・・現場出る前に言ってよ、という感じでしたが、だからと言って現場にとって帰すのも億劫だったので、目神山界隈をしばし散策。
ならば、という事で、故 石井修氏設計の元祖<目神山の家シリーズ>についてちゃんとは知らなというスタッフに、一連の住宅がもっとも密集して建ち並ぶ12番坂(目神山ではサブの通りに全て何番坂という名称がついている)をアバウトに解説しながらご案内。(^^)
そして、最後は聖地のここへ・・・↓

回帰草庵
石井修自邸 回帰草庵(目神山の家 1)・・・全てはここから始まったのです  表札には今だ直筆象嵌で「石井修」の名

9年ほど前、ここからすぐに位置する先生設計の<目神山の家 17>の植栽工事中に、ある方の紹介でお邪魔して、アポ無しの突然だったにも関わらず、たまたまこの自宅に居られた先生がその現場まで気安くお顔を出して下さって、いろいろと解説していただいたその時の先生のいきいきとした顔が浮かび、ちょっとグッ、と。
その時に教授いただいた「敷地の地形はできるだけいじらない」、「車庫なんて倉庫と同じなんだから、そんな下品なものを道路に面して堂々と造らない」、「工事のために伐採した分の樹木の数は必ず、いやそれ以上に植える事が敷地に対する礼儀」・・・今回、私が手掛けさせていただいた<目神山の家>もその教えを守ったつもりです。
完成見学会を開催するにあたり、参加者の方々にもそんな教えを伝えたい、そう誓った門前でもあったのでした。(^^)v  
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2011年05月27日

敷地の歴史

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関西は昨日、梅雨入り。関東甲信地方も今日梅雨入りとの発表、ってまだ5月になのに・・・春先は真冬のような寒さが続いたし、なんだかとっても短かった今年の春。

アジサイ
町角で見る紫陽花たちもまだこんな風にほとんどが蕾なのにね  GR DIGITAL III

台風も1号に続き、2号が日本列島に接近中だとか。
1号・2号って、仮面ライダーやお妾さんじゃあるまいし・・・日本近海を通過する台風って、ふつう、号数が二桁くらいになってからじゃないのか。
どうやら今年の気候もかなり異常な感じになりそうな気がしている今日この頃です。

と、そんな話はさておき、今日の本題は5月16日の記事<敷地探訪>の続編。
その記事で「なんだかその気に」の後、住まい手Sさんにとってはおそらく人生最高額の買物となるであろう土地購入を英断されて、早速に手付金を支払い、かの河川敷の緑が美しい敷地をめでたくゲット!
で、ゲットしたからは土地建物ローンを組まねば、という事で、先週土曜日に設計仮契約を結んでいただき、銀行のローン予審用の図面と工事費用の見積書を慌しく(ハウスメーカー並みの素早さ=内容もそれなり、あくまでも融資枠を設定するだけの予審用)作成し、先ほどSさん宛に発送を終えた、そんな今週でした。

そんな中、土地購入にあたりSさんが心配された事が一点・・・「川の近くなので水害は大丈夫か?」という点でした。
敷地は豊中市北部。1967年7月9日、死者61人、全壊家屋41棟、床上浸水25万棟の甚大な被害をもたらした北摂豪雨の中で氾濫源の一つとなった地域に位置しているのです。

基本設計を進めるにあたり市役所をはじめ行政各機関を巡って、関係法令や条例に基づく様々な規制やそれに対する許可申請の要不要を調べる事もまた、私たち建築士の業務の一つですが、この敷地は川が目の前にあるので、(今までの経験から)もしかしたら河川法による何んやらかんやらがあるかも、とスタッフに下調べに行ってもらったのが、管轄で池田市合同庁舎内にある池田土木事務所。
案の定、敷地は河川法で定義されている「河川保全区域」に入っており、「堤防や川床に影響を与えない工事ですな」という許可を得る(通称)55条申請と呼ばれる許可申請を建築確認申請前に行わなければならない、という事が判ったのですが、その際にスタッフがゲットしてきたのが、敷地周辺の河川改修工事を行った際に描かれた下のような古い図面。

河川改修
濃い目の水色が現在の河川 薄目の水色が改修前の旧河川 そして、緑の丸が購入を決められた敷地の位置

そう、ここはまさに北摂豪雨の被害を受けて河川の流れを変える大規模な改修工事がなされた場所だったのでした。
「そりゃ、まあ、これだけ蛇行していれば氾濫源ともなりえるか」という川の流れが改修されたわけですから、よく考えるにこの地は(何事も100%はありませんが)もう安心。
豊中市のハザードマップでは、今だ床上浸水の地域に指定されてはいますが、それはとてつもない豪雨が、長時間続いた場合の話。それ以上に敷地のローケーションは魅力的なわけで、Sさんも安心・納得されて前に進む!だったのでした。

ちなみにこのような敷地周辺の過去の姿、歴史を調べる事は、その土地の気候風土を知る事と共に、設計者の務めと考えていますが、まあ、ブログで今までにも幾度となく書いているように、私、こういった歴史を探る事が仕事以前に、熱血科学少年として好きなんでしょうね、たぶん。(^^)
なので、この度、この図面をスタッフがゲットしてきた時には、なんだかワクワクしてしまいました。(^^;

そうそう、古い図面や地図といえば、うちの事務所にはこんな地図帳があります。↓

1990年3月発行
1990年3月発行の1万分の1の地図  右は事務所(緑の丸)周辺が載っているページ

発行から21年しか経っていませんが、それでも城南(三)の表示の上に記された「大阪教育大池田分校」は既になく、その地には事務所の左上に記された「市立池田病院」が新築移転。そして、その病院跡には集合住宅が建っていて、町並みが移り変わっていった様子がよくわかります。
今まで携わってきた住宅の昔も「ほっほうっ」という感じで載ってたり。

・・・てな具合で、あと20年もすれば貴重な古地図の仲間入りをするのでは、と密かに期待しています!?(^^)  
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