2008年10月19日

兵庫西進

0763
木曜日の大阪北進に続いて、土曜日は兵庫を西進。(^^)
四世代の家>の住まい手Aさんご一家、施工の越智工務店からは社長の山野氏と監督の金平氏、そして私と井上という総勢7人+子供1人で、宍粟市一宮にある丸正木材さんへと向かったのでした。
そう、もう毎度おなじみになった観のあるこの工事で使う構造材の検品を兼ねた製材見学。施工工務店は変われども、うちの仕事である限り構造材は信頼できる製材&プレカットで、という事で今回も兵庫県を横断しての宍粟行きとなりました。

伊和神社 1
500年生くらいの杉が林立する播磨国の一の宮・伊和神社境内  以下11点ともGR DIGITAL 適宜レタッチ・トリミング

中国道・加西SAで待ち合わせをして、まずは伊和神社へ。
森林見学代わりに杉の巨木を見て、一応、木の素晴らしさ、日本の森の大切さを感じてもらえれば、という意図です。

伊和神社 2
左: せっかくの機会なのでみんなでお参り 工事の無事を祈願
右: ここは揖保川流域 揖保川といえばやっぱり「揖保乃糸」(^^)・・・境内にもちゃんと寄進されていました


境内散策の後は道向かいにある道の駅<播磨いちのみや>で昼食タイム。
その後、そこからは車で3分くらいと、すぐ近くの製材所へ。

丸正木材 1
山は伐採期に入り、製材作業も忙しそう  写真徒然関連写真: 製材所
写真は皮むき作業前の杉の間伐材・・・これくらいの太さの丸太で3寸5分角や4寸角の柱材が挽き出せます


今回も構造材は全て人工乾燥材。この日に乾燥機からの釜出しを合わせてくれていて、目の前でのご開帳となりました。
立ち上る蒸気の中から現れた柱材や梁材にAさんご一家もしばし感動。↓(^^)v

釜出しちなみに今までにも何度か書いたと思いますが、初めての方のために・・・。
人工乾燥機から出てきた杉材は程度の差こそあれ、こんな風に一見黒こげ風。
乾燥中に水分(木酢)と共に出たヤニが炭化してこんな色が付くわけですが、モルダーやプレーナー(機械鉋)で材面を削ると木材の色が再び出てきます。
もっとも、そうは言っても天然乾燥による杉材の美しい薄桃色から比べれば、雲泥の差である事は否めませんが、その辺りは求めようとする含水率や空間における見た目の必要度と工期やコストとの兼ね合い。
今回も構造材はほとんど壁の中に隠れてしまうので(大壁仕様)、見た目よりも含水率を考えての人工乾燥です。
柱材は大河内産(神河町)の間伐材、梁材は波賀産(宍粟市)と通称・営林署材(兵庫県産)との話

その後は、丸正木材の番頭さんとプレカットをお願いするニチリンプレカットの杉山さんらの案内で製材所内を見学。
職人気質で朴訥そうな番頭さんなのですが、もう3回目ともなると今回はなかなかに手馴れた観のあるご案内(^^)・・・忙しい中、ありがとうございました。

丸正木材 2
丸太から角材を挽く全自動帯鋸・・・丸太径からもっとも経済的で無駄のない寸法の角材を自動で判断して挽くメカ

製材所での見学を終えた後は、越智工務店さんが今回のプレカット工場となるニチリンプレカットさんに依頼するのははじめてという事もあって、その工場も見学へ。
車3台連なって、姫路市香寺のニチリンプレカット本社&工場へと向かいました。

常務さんから簡単な説明を受けた後、早速、工場見学へ。
ニチリンプレカットとの仕事は4回目で、工場見学ももう3回目になりますが、常務さんからの説明&案内を受けたははじめて・・・家が大きく、材の立米数もそれなりなためなのか(?)、ずいぶんはりきって説明してくれました。(^^)
まあ、単にたまたま手が空いていたからかもしれませんが・・・(^^;


ニチリンプレカット 1
工場の材置場で三々五々説明を受ける一同・・・ちょっと三々五々すぎますが(^^;

手前に並べられているのはうちの工事とは関係のない他所の現場の米松材ですが、番付けと言って、材の年輪密度や色目、芯持材の場合はその芯ズレなども見ながら、どこにどの材をどちら向きに使うのかを決めてゆく作業をしている途中。
右端に写っている山野氏にも言われましたが、普通、木材の検品というとこの段階でチェックを行い、芯持材の芯があまりにずれているものや力が掛かる箇所に使う材なのに年輪がスカスカの材(=ヤング率・強度が低い)が選ばれていたりするのを撥ねて交換する作業を言います。
でも、私の場合、工事現場からだけでは見えてこない建築の背後にある森や木材加工の匠を観て楽しんでもらうためにも、興味を持たれる住まい手に「ご一緒しませんか」とお誘いして都合のつく限り製材所を訪ね、製材時点で無言のプレッシャーを与える事で良材を手に入れるという(^^)、人と人の繋がりを重視した今回のような検品ツアーを行っています。
で、先の釜出しで姿を現した材は、どこにどれを使っても問題ない良材・・・やはり顔が見えると人間、まやかしはできないものです。(^^)
・・・まあ、これほど頻繁に住まい手を製材所まで連れて行くような設計事務所は全国広しと言えど、うちくらいなもんでしょう、たぶん。(^^)
・・・建築現場から山が見えることの大切さについてはこちらをどうぞ: パッシブデザイン<木の家・山のこと>


そんな考えなので、本来の検品や番付けはプレカット工場の担当者や工務店の現場監督にお任せしています。
最悪、問題が発生した場合には、工事は中断するものの建方時点でも交換できるわけですから、まずは信頼して、です。

ニチリンプレカット 2
工場にて 左: 手作業による丸太柱の加工(墨付け) 右: 手加工で仕上がった兜蟻掛けの仕口

ただ、そんな信頼を寄せられるのもニチリンプレカットさんのようなプレカット工場だから、というところはあります。
プレカット工場も様々で、一見凄そうなハイテク加工機が並ぶ代わりに工場内の人影はまばら、普段はハウスメーカーや建売住宅向けの癖のない集成材を扱い、たまに無垢材主体の加工をやるとなっても、木の素性を考えもしない加工しかできず、機械に入力できなければたとえ簡単な仕口加工でもお手上げ状態!になるような工場が多くなってきています。
でも、ニチリンプレカットさんはむしろその逆で、どんなに素性が良さそうな材でもどこかしらに癖を残す無垢材に対処するため、機械では到底真似できない人の目と手が持つ力を大切にしたローテク系工場。
自動機械による加工だけでなく、上2枚の写真のように機械では対応できない仕口加工も工場内で働く大工職による手刻みで柔軟に対応しましょう、というのがポリシー。
そんな工場ですから山野氏曰く「こんな大勢人がいるプレカット工場ははじめて見た」だそう。(^^)
もちろんそんなに人が働いている分、他のプレカット工場と比べると割高ですが、総工事費から見れば微々たるもの。工事内容によってはむしろ安くつく可能性も十分にある一つの業態です。

ニチリンプレカット 3
こちらは仕口を自動で加工する多軸モルダー その加工実演とそれを写真に納めるAさん

ちょっと業界言葉が多い文になりますが・・・今回の加工図面でも、化粧柱の中間に縁桁を引っ張る梁が刺さる所があるのですが、普通のプレカット工場なら短ホゾ差しに引きボルト加工くらいしかできず、室内の見掛りにボカッとボルト頭が出てきて化粧柱が台無しになる所を、こちらからはまだ何も指示していないのに「耐力上問題ないと思ったので、包み長ホゾ差し・込み栓打ちにしておきました」と。
まあ、大工手刻みによる丁場とハイテクプレカットの中間のような工場・・・こんなプレカット工場は他にはないと思うのです。
手作業は手作業なりのミスもあり、そんな事で全てを信用してしまうのは事故の素ですが、少なくとも信頼は寄せられる、だからこそのプレカット工場なのでした。

積木
工場の片隅に積まれていた材の切れ端 杉・桧・米松・唐松・集成材・・・なんだか面白いので撮ってみました

と、えらい長い記事になりましたが、それだけ充実していた今回の「兵庫西進」。
Aさんご一家の満足はもとより、長い職歴の中でも今回のような経験ははじめてという現場監督君の始終嬉し楽しそうな表情が印象的なツアーでした・・・そこが大切!・・・必ずや、いい木の家が建つことでしょう。(^^)v
お疲れ様でした。m(_ _)m

10月20日追記
別視点の写真は工務店さんの建築日記にも・・・ちなみに先方もカメラはGR君です。
越智工務店 建築日記: http://www.ochi-k.co.jp/kentikunikki01.htm
  
Posted by masai at 16:33 PermalinkComments(5)TrackBack(0)
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2006年04月11日

千年家

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昨日は<ひょうご・ネットワーク「木の道」>の月例会で、朝から会場となった兵庫県宍粟市(旧山崎町)にある東亜林業さんへまで行っていたのですが、会議の前に勉強会として、隣町の姫路市(旧安富町)にある<千年家>と呼ばれている古民家を訪ねてきました。

千年家 2

千年家(旧古井家住宅)は室町時代末期(推定)に建てられたとされる日本でも一・二を争う民家の遺構で、国の重要文化財となっている古民家。
同時代の民家では、神戸市北区に在って、やはり重要文化財となっている<箱木千年家>も有名ですが、こちららの旧古井家住宅の方が建てられた当時の間取りをそのままに残していると言われているようです。

千年家 1その後の民家に見られる太い梁や柱による小屋組みなどもまだ見られず、90mm角程度の細い材(主に栗材)で組まれた架構。内部こそ柱を表した真壁構造にはなっているものの、外壁は柱を表しにせず地元の赤土で覆った塗込めの壁。急勾配の茅葺き屋根に低い軒先。
家のちょうど半分を占める厩(うまや)を取り込んだ土間。
床が張られた残り半分の内、さらに半分がハレの場に当てられたと推測される栗板張の板間で、残り半分が竹スノコ床の日常生活空間(ケの場)。
土間には竈、ケの場のは囲炉裏、小さな開口部から射し込む光、無双窓・・・エトセトラ。

室町時代の昔に思いを馳せながら、後世の民家建築の原型となった空間を堪能し、また木造建築の勉強にもなった良い機会でした。

千年家 3

上写真左:あいにくの雨でしたが勉強会には「木の道」メンバー以外の建築家仲間たちも参加し、にぎやかな勉強会となりました。
上写真右:土間に設けられた竈。薪の使用量を抑えるためか、はたまたこの時代の構造上の制約からなのか、普通の古民家で見る竈よりかなり小さめの竈でした。

千年家 4

上写真左:ケの場である「ちゃのま」と「なんど」の床。床組に竹スノコ張。
上写真右:ハレの場である「おもて」の栗板張床。
当時はまだ材木を繊維方向と平行に挽く縦挽き鋸がなく、板材はまず丸太を楔などで割ったあと、それをチョウナなどの刃物で撲って形を整えて作っていました。板一枚を作るのにかなりの手間が掛かったわけで、板は貴重なものでした。
なので、この民家ではハレの場だけを板張りにし、ケの場の床はより簡単な竹のスノコにしていたようです。
でも、竹スノコではもちろん床下と空気は通々。夏は涼しくて気持ち良さそうですが、反面、冬の冷え込みは半端ではなかったろうと想像できます。冬場は写真にもチラッと写っているムシロを敷いて凌いでいたようですが・・・。

写真徒然関連写真>http://phot2020.exblog.jp/2952522/  
Posted by masai at 13:38 PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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2005年05月07日

姫路城

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連休も終わりの5月5日、娘たちと3人で姫路城へ。
私が小学校4年生の時、はじめて姫路城を見て「スンゲー!」と感じた思い出があったので、同じ4年生となった娘たちも何かを感じ取ってくれたら面白いなと思いつつの小さな旅でした。

姫路城1

娘たちには前日、千姫様のお城とか、「いろはにほへと・・・」と並んだ門や櫓を順番に回ろうとか、少し予習をさせておいたところ、探検家気分で予想以上に楽しんで巡っていたようです。
私はといえば、高校の遠足で訪れて以来30年ぶりくらいとなる思い出の地でもあり、建築の道を志してからははじめてという事もあって、子供に急かされながらも、その空間を改めて感じ取ってきました。
西の丸長局(百間廊下)の内部空間や二の丸から大天守北側の腰曲輪へと続く外部空間などは、私が一時期強く意識していた道行空間とよく似た空間構造を持っていて、いまの建築に通じるところも多く、よい勉強の機会となりました。
写真の説明をしておくと上写真右がその腰曲輪。
下写真左は鉄砲窓に頭を突っ込んで外を見ているわが娘たち。同中央は天守北側の油壁妻面とほの門。
そして同右は内濠沿いに広がる緑豊かな公園の小径。姫路城周辺は地元の人にとっては気軽に森林浴を楽しめる恰好の公園となっているようでした。

姫路城2

さて、姫路城といえば映画<007は二度死ぬ>原題:YOU ONLY LIVE TWICE 1967年。
・・・ちょっと連想がマニアックでしょうか。(^^)
<007は二度死ぬ>はボンドシリーズ第5弾の日本を舞台とした物語。
ボンドを助ける日本の秘密組織の長・タイガー田中役で丹波哲郎が、ボンドガールには浜美枝と若林映子が登場し、当時の欧米から日本はこう見えていたのかと思わずズッコケる場面も数多く描かれていますが、それがまたそれで楽しめるという美味しい映画です。
で、そのズッコケの最たるものとして登場するのが、タイガー田中率いる秘密組織の忍者道場という設定の姫路城。こんな目立つ建造物を忍者道場にしていたら秘密もなにもあったもんじゃあらへんがな・・・。
DVDでいうとチャプター20:忍者道場。

007そのワンシーンとして出てくるのが右の写真の帯の櫓から太鼓櫓へと至る路地。
忍者たちが手裏剣を投げる訓練をしているシーンで登場します。
撮影当時でも姫路城は国宝や重要文化財の宝庫でしたから、撮影許可を得るのは難しかったはずですが、当時の日本としては国際的な映画を通じて日本を知ってもらう恰好の機会と考えたのか、撮影には必ず姫路城の管理者が立ち会うことや建造物を傷つけないなど様々な条件を付けた上で撮影許可を出したようです。
ですから、このシーンでも左の漆喰塀に向かって手裏剣を投げると漆喰が傷つくので、右の石垣に向かって投げるということで撮影を許可したそうで、実際、撮影はそのようにはじめられたそうです。
ところが管理者が席を外した隙に、漆喰塀に向かって投げる方が絵になるということから手裏剣は漆喰塀に向かってビシビシと投げられ、おかげで漆喰は傷だらけになってしまったという話が昔、映画番組だったかNHKの姫路城関連の番組だったか忘れてしまいましたが、実際に立ち会っていた方の逸話として語られていたのをいまでも妙に鮮明に憶えています。
ここは去年8月30日に兵庫県を襲った台風16号でも写真奥の太鼓櫓の瓦が落ちるなどの被害が出ていて、なにか姫路城の中でも災難に付きまとわれている場所なのかなと思ったり。現に訪れた際も左の漆喰塀の足元近くには大きな亀裂が入っていました。原因は知りませんが。
まあ、そんな話はそれとして、この記事を書くにあたりDVDの当該シーンを見返したのですが、いまの姫路城と映画の中の姫路城では40年もの歳月が流れているにもかかわらず、樹木が大きくなって芝生がきれいに整えられている以外は周辺の小屋も含め、まったくと言ってよいほど変わらない姿。
さすがは世界遺産、とヘンなところで感心してました。

男山の階段なにかどんどん旅の話から逸れてしまいましたが、娘たちと姫路城見学の後は、周囲を散策というか駆け回りながら姫路文学館へ。
館内では他の来館者に2人しか会わないというゴールデンウィークとは思えない静寂の中、安藤忠雄氏の非人間的非自然的な空間をそれに見合った雰囲気の中で堪能。
でもさすがに帰り道に見つけた男山配水池公園へのアプローチとなる階段前では、疲れがドッー。
上りたいという娘たちに「じゃあ何段か数えておいで、おとうさんは下で見てるから」とエスケープ。
下りてくる頃にはさすがに娘たちも疲れたようで、親子3人ほどよい疲れの中、今日見たことをあれこれとお喋りしながらの帰路に着いた一日でした。

ちなみに階段の段数は一人が191段、もう一人は193段と主張。
なのでケンカしないよう間を取って、192段ということにしました。  
Posted by masai at 23:53 PermalinkComments(0)TrackBack(1)
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