2008年05月04日

その後のビリケン

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ゴールデンウィークなんのその、今日も仕事でしたが(^^;、そんな今朝の出勤道に1週間ぶりくらいにビリケンさん前を通るルートを選んでみたところ、なにやら変化が・・・

その後のビリケン

・・・やはりといか何というか賽銭箱が新設されていました。(^^)
ここに至る経緯を見逃した方は記事<ベニハナミズキ>をどうぞ。
でも、さすがに賽銭箱とは書けなかったようで(なにせ池田市立ですから)、その名も「ビリケンボックス」。
でも、こうやって設置されてしまうと単に足の裏を撫でるだけではご利益がないような気がして(^^;・・・結構、お賽銭が集まるかもしれません。

おまけ
我が家のビリケンさん・・・

アン
初カメラにちょっと緊張 我が家にて 3点ともGR DIGITAL 適宜レタッチ・トリミング

最近、ノラ(ニワネコ)からうちの家族に昇格した彼。子供たちは「アン」と呼んでいますが、私だけは「ビリケン」と呼んでします・・・夜帰るとソファの上でよくビリケン座りをしているので、そう命名。
朝など庭先にちょこんと座り道行く人をよく眺めているようですが、こちらにはお賽銭は飛んでこないようで・・・。(^^)  
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2008年05月01日

伊居太神社

0695
写真はイロハモミジの花。そのフォーカスを背景に合わせてみると・・・

楓の花
写真徒然関連写真: 楓花 2008年4月20日撮影・・・今はもう種子が出来はじめています

伊居太神社境内・・・そこは伊居太神社。
というわけで、今日は記事<唐船が淵>でお約束した伊居太神社の紹介です。
今までに何度か書いていますが「伊居太」は「いけだ」と読みますが、古くは「いこた」とも読んだそうです。

左は社務所前から見た境内全景。
この右手と背後が五月山公園になります。

<唐船が淵>で書いたように呉の国から来た穴織媛(あやはとりのひめ: 綾織媛とも書く)を祀る神社で、池田では駅前の呉織媛(くれはとりのひめ)を祀る呉服神社を「下の宮」と呼ぶのに対して「上の宮」とも呼ばれています。
仁徳天皇により「秦の上社」として建立されたと伝えられていて、927年に編纂された延喜式の神名帳にも載っている古い歴史を持つ神社、だそうです。
この辺りは「クレハトリ・アヤハトリ伝承」から渡来の豪族・秦氏、秦氏の末裔ともいわれる楠木氏を経て当地の豪族・池田氏へと繋がると伝えられる歴史の系譜(全て本当かどうかは不明)が隠されているかもで、そんな歴史が好きな人には魅力の神社かもしれません。

舞殿

境内の中央には舞殿。
その奥に、春日大社のように拝殿は持たず、菱格子が美しい透塀(すきべい)の中に本殿を置く社殿配置となっていますが、この本殿が建築的にとても珍しいもの。

本殿

上右は菱格子の間から一昨日撮らせてもらった本殿ですが、今の時期はこんな風に新緑が邪魔してよくわからないので一昨年の春先に撮った写真でご紹介。

冬の本殿
2006年3月15日撮影

穴織媛に加えて、彼女らを呉に求めた応神天皇、建立の祖・仁徳天皇も祀られているので三社造り(それぞれに神様を祀る本陣を横に三つ連ねた造りで、神社本殿よりも神棚に多いプラン)となっていますが、珍しいのはその屋根。
軒から入る平入りで、向拝(こうはい:庇)を伸ばした中央に唐破風を設け、さらにその奥に千鳥破風を配した「流れ千鳥唐破風寄造り」という造りなんですが、普通、千鳥破風は中央に一つ。
それがこの伊居太神社の場合両脇にも付くなんとも豪奢というか、たぶん建立当時としてはかなりド派手なデザインだったんだろうなぁ、と思えるファサードをしています。加えて見上げを意識したプロポーションも美しい。
こんな造りの社殿は専門書にも類例が載っていませんし、おそらく日本中でこの伊居太神社だけのオリジナルデザインかも、という貴重な建築です。

このオリジナリティ豊かな本殿他は、以前の社殿が1568年の織田信長上洛から摂津入国へと続く戦の中で焼失した後、1604年に再建されたもの・・・豊臣秀頼によって、というか、大坂攻めにあたり豊臣方の戦力を殺ぐため散財させたという例の徳川家康の計略により再建された社寺の一つです。

そんな歴史と建築上の珍しさを持つ神社にもかかわらず、国はもとより、府や市の文化財指定も受けていないよう。
文化財指定がどのような基準や手続きによって決まるのか知らないので「なんでなんかなぁ」と思うのですが・・・屋根の銅板葺きは大正時代以降のものと見受けられるので、その辺りがネックなのかなぁ、とも。
権現造りに見られるように安土桃山時代の社殿は概して豪奢ですから、三連千鳥破風はさもありなん、なのですが、もしかしたら両脇のそれはその近年の葺き替えの折に付け加えられたもので、歴史的価値はそんなにないのかもしれない、と想像してみたり・・・本気で調べてもいないので、よくわかりませんが。
なにせ宮司さんにも滅多に会う事もなく、いつ行ってもほとんど人の気配さえない神社・・・下写真のようにいたる所が傷んできたりもしています。

傷み
左は本殿正面の向唐門の軒: 天井が朽ちてきていますが、4枚目の写真にあるようにこの門の屋根にはずっとシートが被せられたまま修復もされず  右は本殿右手の土塀: こちらも昔からこのまんま

合わせて境内に点在する蔵や付属屋などにもかなり傷みが目立ちます。
「下の宮」呉服神社のように十日戎で賑わうわけでもなく、また日頃御守や御札を売っているわけでもなく、正月の祭礼以外にお祭りもない神社のようですから維持管理はかなり大変そうな様子です。
伊居太神社は現在、神社本庁の神社データベースにも掲載されていませんし、私は地元の人間ではないので諸事情などはよくわかりませんが、このままで大丈夫なのかなぁ、と老婆心を抱いたり・・・。

とういわけで(ここが重要)池田にお越しの折は、駅前から商店街を北に歩いてたったの15分、緑豊かな中に遥かなる歴史を秘めたこの伊居太神社にもぜひお参りを。(^^)v

鳥居
道から50段ほどの階段を登ってあるこの鳥居が目印 「穴織大明神」の額束が掛かっています
撮影は全てGR DIGITAL 特記以外2008年4月29日撮影 適宜レタッチ・トリミング


最後に、いままでに伊居太神社境内や参道で撮った写真を載せた主な記事へのリンクを張っておきますので、お越しの際のご参考になどして下さい。

ブログ勝手口内
07年12月03日<音楽会> 07年10月06日<通勤道 02> 07年05月23日<青葉> 06年09月04日<一本の樹
ブログ写真徒然内
08年04月29日<参道> 06年03月15日<伊居太神社> 05年12月03日<秋の終わりに 2>  
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2008年04月30日

難波薔薇

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つれて逃げてよ〜 ついておいでよ〜 夕ぐれの雨が降る 矢切の渡し♪ 作詞:石本美由起 作曲:船村徹

わぎりのわたし 3テーマソングにのって今年もやってきました「わぎりのわたし」(^^)・・・5mmピッチで刻まれたCT画像でございます。
ブログで紹介するのは昨年一昨年に続いて3回目。
CTを撮ったのは2週間ほど前でしたが今朝が結果発表。で、今年も基本的には異常なし。
ただ、問題は年々成長する皮下脂肪厚。(^^;
現在の最大厚:約40mm・・・みごとメタボでございます。(^^)
・・・ああっ、ダイエット・ダイエット。

と、皆さんのお目を汚してしまったお詫びに、ここは一つ爽やかな花で浄化していただこうと、今日は事務所の近所に咲くナニワイバラをご紹介。(^^)

ナニワイバラ 1
ナニワイバラ 2大きな白い花と黄色いおしべが特徴的で、この時期ちょくちょく咲いているのを見かけますが、このお宅では今が満開の観。
バラの原種の一つだそうで、日本には江戸時代に中国から持ち込まれたとか。
その際、難波の商人によってもたらされたのでこの名がついたと言われているそうです。

ちなみにナニワイバラを漢字で書くと「難波茨」ではなく、が抜けて「難波薔薇」と書くのが普通なようなんですが・・・ちょっとヘンな感じ。「茨」はバラじゃないのかな?

ナニワイバラ 3
池田市城南にて わぎりのわたしも含めて、全てGR DIGITAL 適宜レタッチ・トリミング  
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2008年04月23日

唐船が淵

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今日も朝の通勤道写真から・・・。
昨日の写真には天保年間の道標なんてのを載っけましたが、今日はその道標から200mくらい南になる猪名川岸の歴史についての薀蓄・・・時代は応神天皇の御世のお話なのでありました。

唐船が淵
左: 石碑 右: 橋の手間くらいが唐船が淵
伝承 唐船が淵  池田史より
「日本書紀」によると、応神天皇37年、阿知使主(あちのおみ)・都加使主(つかのおみ)を呉(くれ)に遣わして縫工女(きぬぬひめ)を求め、呉の王から呉織(くれはとり)・穴織(あなはとり)を与えられ同41年、阿知使主らが摂津国武庫に帰ってきたとされている。
池田では、この縫工女たちが池田の地に来て機織りをはじめたとする「クレハトリ・アヤハトリ伝承」が生まれ、彼女たちを乗せた船が着いたと伝えられたところを「唐船が淵」と呼ぶようになった。
「唐船が淵」は、江戸時代の「摂津群談」や「摂津名所図絵」などにも記載されていることから、そのころには広く人々に知られていたことがうかがえ、史実にもとづくものではないが、今日まで語り継がれている。
ちょうど、この唐船が淵の能勢街道(国道173号線)を挟んだ向かいに位置するのが、縫工女の一人、穴織媛(あやはとりのひめ)を祀る伊居太(いけだ)神社で、池田駅前の呉服(くれは)神社には呉織媛(くれはとりのひめ)が祀られています。町名や地名にも綾羽や呉服・姫室(穴織媛の墓に由来)など伝承にまつわる名が残り、池田の歴史を振り返る上では要の場所なのでした。
呉服神社にはブログ内リンクを張れたけれど、そう言えば、境内にての写真は数多く掲載しているのに肝心の伊居太神社を正面切ってはまだ記事にした事がない、という事にハタと気づく(^^;・・・そのうち紹介します。

柿の新緑とスクーター
奥の植え込みの中に石碑が建っています 被るのは柿の葉・・・柿の新緑ってほんと瑞々しい
八重山吹
石碑近くのフェンスから覗いていたヤエヤマブキ 4点ともGR DIGITAL 適宜レタッチ・トリミング

そんな要の場所ではありますが、今は至ってフツウ(^^;・・・ただ石碑のみがその歴史を語る、なのでした。  
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2008年04月22日

通勤道 07

0690
今朝の通勤道では久々に写真に気合いが入る・・・という事でこれまた久しぶりに通勤道シリーズで。
まあ、単にテーマやタイトルを考えるのが億劫なだけとも。(^^;
写真は全てGR DIGITAL プログラムAEによるお気楽撮影 適宜レタッチ・トリミング

里桜 1
川西市・絹延団地のサトザクラ
ちなみにサトザクラ(里桜)というのは園芸種の桜の総称で樹名ではありません
桜の園芸種は200種を超えるそうですから、やっぱり名札でもないとさっぱり樹名がわかりません・・・(^^;


新芽
川西市絹延町 前景の新芽・・・タブノキの類かな

夏蔦
池田市木部町 ナツヅタの新緑

道標
池田市・木部町と新町の境にある地蔵堂横の道標  側面には天保十ウン(読めない)年二月と刻まれています
背景の花はウンナンソケイ(or オウバイ)


白山吹
池田市・新町と綾羽を分ける路地 花はシロヤマブキ

里桜 2
池田市・託明寺前の栄本町公園一面に植えられたサトザクラ 今が満開の花見ごろ

藤
池田市大和町のフジ

藤の花が目に付きだすと春も終わり、季節は初夏という気分。
まだ朝晩は肌寒い事もありますが、日中は25度近くまで気温が上がる日が多くなってきたここ池田川西界隈です。  
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2008年04月21日

ベニハナミズキ

0689
昨日は久々の大ネタでしたが=大阪弁は綴るのがたいへん+水割りのグラス片手にタイガースの試合を聞きながらだったもので(^^;・・・今日はあっさり小ネタで。(^^)

綾羽の街路樹

池田駅前からハローワークにかけてのさくら通りや城山町交差点から新町交差点の道沿いの街路樹には好んでベニハナミズキが植えられているここ池田市ですが、ソメイヨシノが終わるころから街角に薄紅色の彩りを添えはじめ、いまが満開の感。

ベニハナミズキ
写真徒然関連写真: 紅花水木

でも、去年の記事<山法師>にも書きましたが、花びらに見えるのは実は花弁ではなく総苞片称される葉が変化したもの。真ん中の緑のプチプチ一つ一つが本物の花でこちらはまだ蕾・・・ほんとに満開となるのはもうちょっと先のようです。

ビリケンところで昨日のビリケン像
今朝、通勤の道すがら前を通ると膝の上に1円玉が二つ・・・お賽銭?
で、ふと思ったのですが、ビリケンさんて謂れはどうあれ一応神様なんでしょうから、市が建立してしまっては政教分離に反するのでは?(^^;・・・まあ、別に目クジラ立てるような話でもありませんが、でもこの2円の行き場ははたしてどこなのか。
市のものなのか商店街のものなんのか・・・考え出すと夜も眠れなかったり。(^^)
3点ともGR DIGITAL 適宜レッタチ・トリミング  
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2008年04月20日

ビリケン来る

0688
雨はもちろんの事、花曇りもなく、久ぶりにスカーッとした青空が広がったここ池田。
そんなお天とさんの下でなんやかんや楽しもうとでもゆうんでっしゃろか、ほんまち通りにある<落語みゅーじあむ>の前はえらいぎょうさんの人だかり。
けど、よう見るとそこここにはお巡りさんも立って、なんやら物々しさも漂うて・・・

落語みゅーじあむ

・・・そや、今日はこの向かいにでけたポケットパークにビリケンさんが来る日やった。
市長さんや偉いさん方も来はっての除幕式でした。

除幕式
左: 除幕式を一目見ようと集まったぎょうさんの町衆  右: 除幕式の後、記念撮影をする偉いさん方 背中は市長さん

ビリケンそやけど、ビリケンさんゆうたら通天閣ちゃいますのんか・・・と私も思います。

なんでもビリケンさんの商標権を持ってはるんは、実は通天閣観光はんやなくて、創業者がここ池田市出身で船場に繊維問屋を開いてはる田村駒さんだそうで、それがご縁でこの度になったんやそうです。
ビリケン像ゆうんは、通天閣以外にも全国各地にあるそうですが、そんなご縁やさかい、このビリケンさんは通天閣はんのに次いで本家(元祖はやっぱりアメリカのビリケンさんやと思うんで、ここは本家としときます)田村駒さんのビリケン像を基に造られた二体目のビリケンさんやそうで、そやさかい通天閣のビリケンさんとは正真正銘の兄弟になるんやとか。
なんやらそんな話を聞くと他のんとは格が違うような気もしますが・・・ようわかりまへん。(^^)
田村駒さんとビリケンさんについてはこちらに詳しゅうに→ http://www.tamurakoma.co.jp/biriken/

ここだけの話ですが、ビリケンさんが置かれたこのポケットパークは前にこのブログで書かしてもろうた、ほんまち通りの道路拡張に最後まで反対してはったお方が立ち退いた跡地。
けど、残った地面は間口二間の奥行き五間くらいで、池田市はんが接収したものの、公共のもん建てるにはどないもこうもしょうがない猫の額のような土地。
で、「なんぞ使えんもんか」と市でもあれやこれやとアイデアを練っとったそうですが、ある職員さんの酒場でのふとした思い付きからこの度のビリケン像建立になったとか。
市長さんは式のときに自分でゆうてはったんですが、そのアイデアが出てくるまで、通天閣にビリケンなるもんがあること自体知らなんだそうですが、そこは自称「ノリのええ市長」、ヨッシャ!いうことで即決やったそうですわ。
なんせ大阪府市長会のドンとして、先日は総出で府の意見交換会に乗り込み、皆でわーわーゆうて橋下の坊(ボン)を泣かしたドンだっさかい、やる事がちゃいます・・・?(^^)

まあ、そんな事はさておき、これで池田にもまた観光名所が増えたちゅうことですなぁ。
司会を勤めはった桂壱之輔さんが式の締めでゆうてた謎かけ
池田の今後とかけまして
満塁本塁打2本と解く
その心は・・・「はってん(八点)」間違いなしでしょう
そう、ねごうて・・・かどうか知りまへんが、町衆も福の神にあやかってはりました。

あやかり
あっ、おっちゃん、ビリケンさんは足の裏なでて願を掛けんねんで。肩なでてもあかんがな・・・

式の後は、テッペンの写真にも看板が写ってますが、<落語みゅーじあむ>で記念の落語会。
この度はほんまち商店街(ビリケン像除幕式典実行委員会)さんの主催で「タダ」で落語が聞けるということで、これは捨ておかれんと、私も聴かせてもらいました。
前座の桂咲之輔さんに続き、(自称: 天満天神繁盛亭で最初に噺をした落語家として有名な)桂壱之輔さんは「禁酒関所」でドッと会場を沸かし・・・

落語会
この写真やと沸いているように見えませんが(^^;・・・ほんま若いのに噺上手でおもろい落語でした

トリは笑福亭鶴二さんの「稽古屋」。
お囃子(下座)に踊りも入る賑やかな上方落語(江戸落語にはない演目: 上手に話せる噺家は少のうおます)で、めでたい場がさらに沸き・・・えらい上等の落語会でした。

ほんまち通り
骨董市も立ったほんまち通り  写真は全てGR DIGITAL 適宜レタッチ・トリミング

「ええ、そんなおもろい事があったんかいな」と思った皆さん。
五月二日と三日には(今度は木戸銭が要りますが)落語みゅーじあむ一周年を記念した落語会もありますし、それに先立つみどりの日には石橋で恒例の<春團治まつり>も開かれます。
落語づく春の池田・・・ビリケンさん詣でとご一緒に、どうぞよろしゅう。

そんなこんなで、今回はネイティブ&古典落語調に綴ってまいりしたが、これも池田とビリケンさんの新たな「旅立ち」という事で(思いっきりこじつけですが)<GR BLOG>トラックバック企画<旅立ち>に参加。  
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2008年04月07日

クルクル

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滝山
これまたブログではおなじみの我が家近くに咲くソメイヨシノの大木 K200D SMC PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL II

池田川西界隈の今日は雨、とあいにくの空模様ですが、昨日は絶好の花見日和。五月山などはもとより町角の小さな公園などでも、そこここで花見の宴が開かれていました。
そんな日曜日の朝、中学に上がる娘たちの制服姿を満開の桜の下で撮っておこうと急遽、我が家向かいの神社で記念撮影大会。(^^)
すました顔のいかにも的カットはさておき、合間には「こんな広がるスカートははじめて」とか言いながらクルクル。↓

クルクル 1
なず菜  下写真とも GR DIGITAL 適宜レタッチ・トリミング

小学校高学年になってからは「スカートはイヤ」とか言ってまったく穿かなかったのに・・・(^^)
私自身もはじめてガクランに袖を通したときには、なんだか大人になったような気分になったもんですが・・・新しい門出、やっぱり嬉しいもんなんですね。

クルクル 2
蕗子  横ではピーが「なんや、なんや」という表情で傍観(^^)

記念撮影の後は沿道の花見がてら、約束していながらしばらく延び延びになっていた<ライラの冒険 黄金の羅針盤>を観に池田中央シネマへ。と、小さな映画館ですし、封切り後だいぶ経って、さらに初回だった事もあるのでしょう、客席は私たち親子で貸切状態・・・(^^)
お陰で、小さいながらもド迫力のサウンドの中「これぞハリウッド」的映画(CGスゴイ!)を誰に気兼ねする事もなく、あーじゃこーじゃとお喋りしながら楽しめた、そんな休日の一時でした。

という事で<GR BLOG>トラックバック企画<旅立ち>に参加。  
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2008年04月02日

桜情報

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今朝の通勤道は五月山公園内を通るルートで・・・ただいま五分から七分咲きといったところ。

五月山公園 1
提灯も吊るされ花見情緒ただよう五月山公園
ちょっと違ったアングル&仕上がり設定の写真を写真徒然にもアップしています 写真徒然関連写真: 花見


なので週末に限れば見ごろは今週末かな、と思いますが、園内の貼り紙によると提灯に明かりを入れる夜桜見物は4月13日まで開催との事・・・この分だと来週末にはかなり散っているような気もしますが、先週はじめの急な暖かさでちょっと予測がはずれたか。

五月山公園 2
五月山公園の登り口 4点ともK200D SMC PENTAX-FA★24mmF2AL 適宜レタッチ・トリミング

と、下の写真を撮影していた近くでは、ケータイを片手に電気工とおぼしきお兄さんが・・・
「誘導灯の件やけどな。やっぱり特注品に近いみたいで、納期は22日になるそうやねん」
・・・
「やろ、どうしよう」・・・どうするんでしょうね。(^^;

椿
咲き誇るものがあれば、散り行くものも 栄枯盛衰

この思わぬ納期が掛かるという事態は、自分たちの仕事でも(可能な限り事前に把握するようにしているにもかかわらず)時たま遭遇する事態。そんな時はメーカーや問屋を拝み倒すか(圧力とも言う?)、諦めて変更するか、の二者択一。
ぎりぎりまで粘っているとリスクはどんどん膨らむので、どこで決断するか、これが思案のしどころなんですよね。

綾羽のソメイヨシノ
登り口から下った綾羽の交差点 こちらもただいま八分咲きくらい

と、まあ、桜を愛でながら、思わず思考が仕事にからんだ今朝の通勤道でした。(^^)  
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2008年03月27日

ラインアップ

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我が家前

昨日アップした画像と同じソメイヨシノの花弁。
今朝は昨日の記事<12才>にコメントいただいたara_umiさんのリクエスト(?)にお応えして<K200D+FA43mmF1.9Limited>にて撮影・・・曇り空と晴れの違いもありますが、色合いやボケ味などカメラ&レンズが変われば同じ被写体でもこれだけ変わるという、まあ作例みたいなものとして掲載してみました。

ちなみにいま現在の持っているペンタックス系レンズはMFレンズや純正以外のレンズも含めてこんなラインアップ。↓
写真散歩でいざ撮影という時、どんなレンズを付けているかで当然撮影スタイルは変わるので、気合の入った撮影行などは別にして、K200Dの常用レンズにどれを採用するかはまだまだ思案中の今。
レンズの画角が35mm換算1.5倍なってしまうのは頭で考えていた以上になかなかしっくりこないもので、どのレンズをつけていても「よし撮ろう!」とカメラを構えた位置から3歩・4歩後退しないと意図したフレーミングができない (^^;・・・我ながら長年体に染み付いた感覚ってスゴイもんです。
まあ、単に老化で頭が柔軟に対応できなくなっているという事なのかもしれませんが。(^^;

ペンタックス ラインアップ
こちらもリクエストにお応えし、K200DにはFA43mmシルバーを装着の図で (^^)

余談ですが、K200Dを後ろから見守る老兵LXは長年の無理がたたってか(たぶん)巻き上げ軸系が疲労骨折。これがデジイチ購入に踏み切った理由の一つでもありましたが、近々には入院治療させてあげようと思っています。

さて話を桜に戻すと、これまたこのブログではお馴染み、綾羽の交差点のソメイヨシノもこの二日間で一気に咲きはじめたようです。

綾羽
K200D FA43mmF1.9Limited  絞り優先AE F5.6 -0.3EV WB:太陽光 画像仕上:ナチュラル

撮影しながら写真にも写っているご近所の方々としばしサクラ談義。
このソメイヨシノの並木が植えられたのは50年前だそう・・・以来、ずっと眺め続けてきたご老人たち。
「樹もわしらも、もう歳や」と仰ってましたが・・・いえいえなんの、まだまだ。
でも、話はいつしか年金の話に移って行ったので、私はそうっと御暇した・・・そんな今朝の一時でした。  
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