昨日の記事と時系列は相前後しますが、土曜日は<ひょうご・ネットワーク「木の道」>の今年度最初の行事、メンバー有志による木造の施設建築見学会・・・少し大きな規模の木造建築を学ぼうという研修会でした。向かった先は兵庫県の西の端、たつの市(旧新宮町)・佐用町・上郡町にまたがる播磨科学公園都市と赤穂市の諸施設・・・ついでなのでメンバーだけに限らず、知り合いの設計事務所連中も誘ってのワイワイガヤガヤの見学会となりました。
上写真は先月20日、播磨科学公園都市のはずれにオープンした県立<ひょうご環境体験館 通称:エコハウス>へのアプローチ・・・歩く参加者の前に並ぶのは太陽光発電パネル。
で、下写真がその体験館の内観。
日本初の木質単層トラス構造というのが売りの一つで、見学の一番の目的もまたそれ。
メンバーの一人がここでボランティアスタッフを務めているという縁で今回の見学先の一つとなったわけですが、竣工までにはメンバーのうち数社がいろいろな面で翻弄させられたという因縁付きの建築でもあるそう。
その因縁とは・・・えーと、非公開です。(^^)

写真は全て PENTAX K200D SMC PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL II
この建築に費やされたエネルギーの凄まじさ感は内部空間だけからもそれなりに感じ取れますが、その耐候性鋼板の錆に覆われたファサードを観ればなおの事。↓
斜面から建ち上がる一本の巨大な鉄骨トラス脚(エキスパンドメタル張)が不定形の床面を支え、(目測ですが)床面積の3分の2ほどが浮いた状態で建っていました。

で、その建築エネルギーの凄まじさには参加者一同それなりに圧倒されたものの、この建築自体の存在意義については喧々諤々。
そもそも、このような交通の便が良好とは言い難い場所に、それなりの県民税や国庫補助金を投入してこれほどの施設を造る必要があるのかといった発注者サイドにおける根本的な問題にはじまり、太陽光発電や風力発電、雨水利用やクール&ヒートチューブなど「エコ」な設備こそ組み込まれてはいるものの、この建築自体が建築コストも含めてはたして本当に「エコ」なのか、あるいはこの空間や形態が「エコ」というメッセージを発信するに適切なものと言えるのかといった設計者への疑問や、今後どのように運営して行くのか(現時点ではどうもはっきりしていないよう)といった話まで、ハテナ?の数は尽きない「公共建築」。
業界人を離れ一兵庫県民として見るならば、財政が逼迫している折りも折り(全国ワースト2位だそう)、こんなもんに税金使うな!的建築の一つとしか映りません・・・ほんまに。
そんな「公共建築」への問は播磨科学公園都市全体に対する問にも繋がりますが、エコハウスの前に訪れた下写真の<兵庫県立西播磨総合リハビリテーションセンター ふれあいスポーツ交流館>でもまた同じ。
ただこの施設を見学しながらエコハウスほどに反発を感じなかったのは、まだ運営(建築)目的とその方針が明確だったからか・・・公共建築で大切なのは、何のために誰のために、コストも含めどんなベクトルで建てるのか、それが要だと改めて感じた見学会でもありました。

ちなみにこの体育館の屋根を支えるトラスは、メンバーの一社で、うちでも構造設計をよくお願いしている<森林経済工学研究所>が開発した木質トラス・・・こちらはよくある立体トラス構造になってました
なんか目が吊り上ったような話が続きましたが、それはさておき、ここで面白かったのが、この競技用車椅子に乗せてもらった事・・・前から一度、操ってみたいと思っていたのです。(^^)v
他の参加者の引いた目線をものともせず(乗ったのは私だけ)、しばし一人車椅子バスケット的操作に興じていたのでした・・・(^^)
さてさて、そんな播磨科学公園都市の後は赤穂市内へ移動して、メンバーの設計事務所が設計した認知症患者のための介護施設・グループホームを2軒見学。写真は木造準耐火構造2階建てのグループホーム。こちらは民間施設ですから、どちらかと言えば採算重視の設計といったところで、ある意味安心できる建築(?)ではありました。
ちなみにこの2軒に使われた構造材・造作材は、うちでもよく木材を入れてもらっている宍粟市の丸正木材製だそうで、仕上げの板材などはやはりメンバーの一社、東亜林業が最近開発した不燃木材(杉・桧)だそう。
丸正木材さんにしても東亜林業さんにしても、コストなりなところは否めませんが、そんな条件の中でもよく吟味された材を納品されていたように見受けられました。
このグループホームの見学で研修会は一応お開きとなりましたが、せっかくの赤穂、有志で赤穂城へも足を伸ばしてみる事に。
予備知識なく行ったので何も知りませんでしたが、赤穂城に残るのは再建された一部の城郭を除けば石垣くらいで、変わって城内には赤穂義士四十七士と萱野三平を祀る大石神社なるものが建立されていました。
赤穂では義士は神様だったのですね・・・。

左: 石垣の上から除いている屋根が大石神社本殿
右: 参道には四十七士像がずらりと並ぶ それぞれの寄贈者銘にはほとんどが各義士の子孫と思しき方々の名が
でも皆さん、あまり忠臣蔵には興味がないようで、そそくさと参るだけ。
私としてはもっと見たかったのですが、そこはグループ行動・・・後ろ髪引かれる思いながら、再訪を誓い帰途についたのでありました。(; ;)/~
