2012年05月14日

カタバミ

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カタバミ
うちの事務所が入るビルの裏庭に咲くカタバミ  以下7点ともGR DIGITAL III

先日、知り合いのブログで庭の雑草の一つとしてカタバミ(片喰)の写真が掲載されているのを見たのですが、まあ、意図せず生えてきた草は皆これ雑草なんでしょうけれど、他の雑草とカタバミはちょっとちゃいまっせ!という事で、今回はカタバミ特集。(^^)

就眠運動カタバミの特徴として、まず、就眠運動をする植物という点が挙げられます。
左の写真は曇りの日に撮ったものですが、太陽が出ていないと花はこんな風に閉じたまま。
葉も夜や暑い日には傘を閉じるように折りたたまれてしまいます。この様子が葉が半分なくなる=片方が喰まれているように見える点から片喰と名付けられたのだとか。

別名は酢漿草(さくしょうそう)。
これは葉や茎にシュウ酸塩を含んでいて齧ると酸っぱいところから・・・シュウ酸(構造式: HOOC-COOH)の英語名は oxalic acid ですが、これはカタバミ=英語名: oxalis からはじめて単離された事に由来しています。
また、解毒などに効果がある生薬の一つでもあるそうです。

そんな科学的な話はさておき、カタバミには下写真のように葉っぱが赤紫の株もあります。

アカカタバミ
こちらは事務所近くの道端にて撮影  写真徒然関連写真: 片喰

葉も茎も緑色の株、葉は緑で茎が赤紫の株、葉も茎も赤紫の株といろんな色が見られ、赤い株をアカカタバミと区別したりもする人もいるようですが、植物学の分類では色に関係なく全部同じカタバミ目カタバミ科カタバミ属カタバミだそうです。

と、ここでいきなりクローバーの写真。

クローバー
白詰草 クローバー  こちらはマメ目マメ科シャジクソウ属

四つ葉のクローバーの絵を書いてみぃ、と言われるとほとんどの人はハート型の葉っぱを描くのではないでしょうか。
でも、よく写真を見てください。クローバーの葉は楕円形。ハート型なのはカタバミなのです。
これって企業などでもよく間違えていて、関西では京都のタクシー、ヤサカタクシーが代表格。
http://www.yasaka.jp/group/group/index.html
このリンク先には、ほんとは三つ葉のカタバミのマークを「 安全・快適・信頼 を3枚の葉であらわしたクローバーマークを、グループのシンボルマークに・・・」云々と書かれてたりします。
また、グーグルで「クローバー イラスト」で画像検索すると、実にほとんどがカタバミの葉のイラスト。(^^;
地球上に広く分布しているカタバミ属なので、これって日本に限った事ではなく世界中で間違われているよう・・・やっぱりハート型って、インパクトが大きいからなのか、そう思い込んでる人が多いんでしょうね。
ちなみにカタバミも稀に四つ葉のものがあるそうですが、私はまだ見た事がありません・・・四つ葉のクローバー同様、幸運の印のようです。

カタバミの葉の形といえば、もう一つ。
家紋の中には下図のような片喰紋と呼ばれる紋様があります。

片喰紋
左: 片喰  右: 丸に剣片喰  その他バリエーションはこちらで  画像はウィキペディアから転載

片喰紋は藤紋・桐紋・鷹ノ羽紋・木瓜紋と共に五大紋と呼ばれ、家紋としている家が最も多い紋様なんだとか。
根が深く一度根付くと絶やすことが困難なところから「家が絶えない」に通じるため、多く用いられているそうですが、まあ、何よりハート型が印象深いという点も大きいのでしょう。

オッタチカタバミさて、ここまでは在来種のカタバミの話でしたが、最近目立つようになってきたのが、左のオッタチカタバミと呼ばれる北米原産の外来種。
「オッタチ」って、ちょっとへんてこな名前ですが、最初に見つかったのが京都だそうで、なんとなく関西人のノリを感じる名前の付け方なような気もしたり。(^^)
在来種のカタバミが地を這って広がるのに対し、茎が立ち上がってるので「オッタチ」なんだそうです。
就眠運動で葉っぱを畳んでますが、カタバミよりもこのオッタチカタバミの方が、日中、葉を畳んでいる事が多い印象

そしてオッタチカタバミよりもさらに派手にはびこっている外来種のカタバミが、下写真の2種。事務所の近くでもそこらここらで盛大に花を咲かせ、葉っぱもカタバミに比べると断然大きいのでかなり目立ってます。

イモカタバミ・ムラサキカタバミ
左: イモカタバミ 地中に芋状の塊茎を持つため  右: ムラサキカタバミ 花の色が少し違う  共に南米原産

さてさて、カタバミについてのお話はこんなところですが、カタバミの奥の深さ(?)を知っていただけましたでしょうか。
こうやってブログに載せるにあたり、いろいろ調べたりが自分でも結構面白かったので、機会があれば他の雑草、もとい、身近な野草についても綴ってみたいと思っています。どうぞ、お楽しみに!  

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2012年01月17日

1.17

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あの日の朝から17年目・・・静かな朝でした。

ビッグハープ
五月山と猪名川  今朝の通勤道写真から  以下3点ともGR DIGITAL III

今年は東日本大震災後のこの日という事で、例年にも増して特別な日という思いを持っていたんですが、朝7時のNHKニュースのトップはこの追悼のニュースではなかった・・・そんなもんなんかな。

水仙
猪名川岸に咲く水仙

でも、私にとっては建築や住宅設計への考え方が大きく変わった日・・・私たちは決して忘れない!です。

二つの太陽
二つの太陽・・・東北の被災地の皆さんにも暖かな陽射しが早く届きますように

さて、話は思いっ切りズレますが、17日と17年・・・この17という数字は素数の中でもフェルマー数という特別な素数。
3 5 17 257 65537 ・・・と続きます。
で、このフェルマー数の辺を持つ正n角形は定規(目盛り無)とコンパスだけで作図できる事が知られています。
下記のウィキペディアのリンクに正十七角形を作図して行くアニメーションが載っているので見てみてください。最初は何をやってるんやらという感じですが、後半一気に描き上げられる感じがなんとなくダイナミックで面白いですよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%B8%83%E8%A7%92%E5%BD%A2  
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2011年12月26日

粒々の光

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今日は朝から時折、雪がちらつく空模様・・・そんなクリスマス寒波到来の初日だった23日は妻の誕生日。

ケーキ
妻のウン十ウン才の誕生日を祝うケーキとシャンパン・・・まあ蝋燭の数を数えると何才かわかりますが (^^;
以下4点ともGR DIGITAL III


という事で我が家の年末の恒例行事、誕生日お祝いなど。
娘たちがお母さんのために料理を作ると言っていたので、おっどんな料理や、と期待していましたが、メインデッシュは手巻き寿司・・・それは宣言するほどの料理なんか?とは若干思いましたが (^^)、まあ、美味しく楽しくいただきました。

明けて24日は(たぶん)今年最後の忘年会。場所は中之島だったので、その前に、この12月に一部の機器をリニューアルした大阪市立科学館のプラネタリウムに寄ってみました。

プラネタリウム
プラネタリウム投影機
クリスマスイブだからねんでしょうね、客席は9割方カップル (^^;・・・でも、写真右に写っているようにプラネタオタク、私と同類の熱血科学少年らしき輩も何人かはいました (^^)  写真徒然関連写真: プラネタリウム


プロジェクターが新しくなって、シームレスの全球画像投影ができるようになったとの事で、私の見た回はその特徴を活かした「オーロラの世界」というプログラム・・・確かになかなかに迫力と臨場感のある映像が楽しめたプラネタリウムショーでした。

そして科学館を出た後は淀屋橋まで戻って、昨日、25日まで開かれていた<OSAKA 光のルネサンス 2011>をチラ見。

大阪市役所
大阪市役所正面玄関
光のルネサンス
市役所南側の通り  2枚とも手持ち撮影の割りにはなかなかに撮れました、が、その影にはブレ写真多数 (^^;

イルミネーションは美しく、それなりに楽しめはしましたが、人の多さにはちょっと辟易。
2003年の初開催時に見に行って以来の今回だったのですが、初開催の時なんて人影疎ら、はオーバーにしてもじっくりゆっくり楽しめたのに・・・知らん間にえらい大イベントになってはりました。  
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2011年11月28日

大阪人

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大阪人 表紙一昨日、梅田の紀伊国屋書店で目にしたローカル雑誌<大阪人>。
2012年1月号の特集は「鉄道王国・大阪」・・・(プチ)テツとしては、これはぜひとも買わねば!という事で、思わずゲット。(^^)

この大阪人という雑誌、680円(ちょっと前まで580円)と安いに割には内容が充実してる雑誌だと思っていますが、今回もなかなか。
まだちゃんと読んでませんが、テツでない人でも面白いんじゃないかなぁ・・・例えば、下写真のような感じ。
大阪人 内容
たいそうに「謎を解く」となってますが、まあ、知らなくても大阪での生活には困まりません、たぶん (^^)

紀伊国屋書店では大量に平積みされていましたが、雑誌のウェブサイトを見ると早、品切れ重版未定だとか。出会い頭で買っといてよかったんかな。(^^)v

で、大阪といえば、昨日の府知事&市長のダブル選挙。高い投票率で大阪人の関心は高かったようですね。
池田市に事務所を構えてはいるものの、兵庫県民の私は蚊帳の外、ただ傍観するだけでしたが・・・。
まあ、やっぱり大阪維新の会が勝つんだろうなとは思っていたものの、知事選がダブルスコアに近いくらいの得票差になったのはかなり意外。
地元・池田では圧倒的支持を受ける倉田さんも府レベルとなると知名度が低かったという事なんでしょうかね。

サザンカ
1週間ほど前に撮った通勤道のサザンカ  GR DIGITAL III

これで「大阪都」構想なるものも一歩進むのかなぁ。
この構想、私なんぞには「で、大阪都になって、何がどやねん!?」って感じなんですが・・・。  
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2011年10月31日

70億人

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今日、2011年10月31日、世界の総人口が70億人を超えたそう!
いったい誰が数えたんやぁ!とツッコミたくなりますが、世界各国が発表している国勢調査などを基に出生率や死亡率、移住の状況などを加味して推計した数字だそうです。
ただこれは国連人口基金が推計し発表したもので、アメリカ国勢調査局の推計では2012年3月12日に70億を突破するとなっていて、結構、誤差はあるよう。

NGJ201101から
ナショナルジオグラフィック日本語版 2011年1月号 「シリーズ70億人の地球」の誌面から

もっとも本当に今日、世界人口が70億人に達したのかどうか、調べる事は事実上不可能で、にもかかわらず今日という日に決めたのは、多くの人々に人口増加による食糧危機をはじめ、飢餓や貧困などの諸問題に目を向けてもらうため、というのが理由のようです。
確かに、20年くらい前には世界の人口問題が結構新聞やTVで大きく取り上げられたりしていましたが、地球温暖化問題が切迫したものになってからは、人口問題はあまり取り上げれなくなったようにも感じます。
先の誌面によれば、2045年には世界人口は90億人に達しているとか。
これほどの人間を地球は支えきれるのか・・・みんなが考えなくてはならない課題の一つである事は確かですね。

国連人口基金が配布しているPDF → 世界人口白書 2011 日本語版  
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2011年07月11日

かなとこ雲

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事務所の窓から見える空には、今日もそこここで、入道雲がムクムクと育っているのが見えますが、昨日の大阪市方面の空は実に凄かった。

かなとこ雲
16時15分頃  事務所脇の歩道橋から眺めた大阪市方向(南〜南西方向)  以下6点ともGR DIGITAL III

・・・GR君の広角レンズでも全体を捉えられないくらい巨大なかなとこ雲
という事で2枚つなぎのパノラマで全景を撮ってみました。

パノラマ撮り
広がりだけでなく高さもスゴイ・・・左端、ホンダの看板辺りの入道雲がかなとこ雲の笠の下で日陰になってます

昨夕、大阪平野に竜巻注意情報が発表されて、そんな注意報が出てる空の状態ってどんなんかいな、という好奇心からちょっと外に出てみての事だったのですが(事務所の窓は北東向き)、想像以上のド迫力。
こんな巨大な積乱雲の下では竜巻もさぞありなん、と思いながら仕事をしていたら、やがて事務所の窓からも見えるくらいに北側へと広がってきて、池田周辺も雲の笠の下に。

事務所の窓から
だいたい真北方向を撮ってます  18時ごろ

こりゃ、どうなる事やらと思っていたら・・・。
ここからはちょっと科学なお話ですが、大きく発達したかなとこ雲の先端からは下降気流が生まれる事があり、それが強くなると雲内のエネルギーを奪って積乱雲が弱まる事があるそうです。
で、上の写真を撮る少し前から、下降気流によると思われる南寄りの風が吹いてきて(上昇気流によるものなら積乱雲本体が南にあるので北寄りの風が吹くはず)、なんだか雲の層が薄くなり・・・。

日暮れ時
19時頃  かなとこ雲はまさに雲散霧消・・・

なんだかちょっぴり残念な・・・いやいや竜巻被害などがでなくて、よかったです。(^^;
そして、上写真の位置からカメラを北西方向に向けると、そこには綺麗な夕焼けが。

夕焼け
マツダやらビジョンメガネやらの看板がちょっと邪魔ですが

休日出勤して何をやってたんか、という話もありますが、まあ、設計で煮詰まった頭のリフレッシュとお考えいただいて、ここは一つ。(^^)
  
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2011年05月27日

敷地の歴史

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関西は昨日、梅雨入り。関東甲信地方も今日梅雨入りとの発表、ってまだ5月になのに・・・春先は真冬のような寒さが続いたし、なんだかとっても短かった今年の春。

アジサイ
町角で見る紫陽花たちもまだこんな風にほとんどが蕾なのにね  GR DIGITAL III

台風も1号に続き、2号が日本列島に接近中だとか。
1号・2号って、仮面ライダーやお妾さんじゃあるまいし・・・日本近海を通過する台風って、ふつう、号数が二桁くらいになってからじゃないのか。
どうやら今年の気候もかなり異常な感じになりそうな気がしている今日この頃です。

と、そんな話はさておき、今日の本題は5月16日の記事<敷地探訪>の続編。
その記事で「なんだかその気に」の後、住まい手Sさんにとってはおそらく人生最高額の買物となるであろう土地購入を英断されて、早速に手付金を支払い、かの河川敷の緑が美しい敷地をめでたくゲット!
で、ゲットしたからは土地建物ローンを組まねば、という事で、先週土曜日に設計仮契約を結んでいただき、銀行のローン予審用の図面と工事費用の見積書を慌しく(ハウスメーカー並みの素早さ=内容もそれなり、あくまでも融資枠を設定するだけの予審用)作成し、先ほどSさん宛に発送を終えた、そんな今週でした。

そんな中、土地購入にあたりSさんが心配された事が一点・・・「川の近くなので水害は大丈夫か?」という点でした。
敷地は豊中市北部。1967年7月9日、死者61人、全壊家屋41棟、床上浸水25万棟の甚大な被害をもたらした北摂豪雨の中で氾濫源の一つとなった地域に位置しているのです。

基本設計を進めるにあたり市役所をはじめ行政各機関を巡って、関係法令や条例に基づく様々な規制やそれに対する許可申請の要不要を調べる事もまた、私たち建築士の業務の一つですが、この敷地は川が目の前にあるので、(今までの経験から)もしかしたら河川法による何んやらかんやらがあるかも、とスタッフに下調べに行ってもらったのが、管轄で池田市合同庁舎内にある池田土木事務所。
案の定、敷地は河川法で定義されている「河川保全区域」に入っており、「堤防や川床に影響を与えない工事ですな」という許可を得る(通称)55条申請と呼ばれる許可申請を建築確認申請前に行わなければならない、という事が判ったのですが、その際にスタッフがゲットしてきたのが、敷地周辺の河川改修工事を行った際に描かれた下のような古い図面。

河川改修
濃い目の水色が現在の河川 薄目の水色が改修前の旧河川 そして、緑の丸が購入を決められた敷地の位置

そう、ここはまさに北摂豪雨の被害を受けて河川の流れを変える大規模な改修工事がなされた場所だったのでした。
「そりゃ、まあ、これだけ蛇行していれば氾濫源ともなりえるか」という川の流れが改修されたわけですから、よく考えるにこの地は(何事も100%はありませんが)もう安心。
豊中市のハザードマップでは、今だ床上浸水の地域に指定されてはいますが、それはとてつもない豪雨が、長時間続いた場合の話。それ以上に敷地のローケーションは魅力的なわけで、Sさんも安心・納得されて前に進む!だったのでした。

ちなみにこのような敷地周辺の過去の姿、歴史を調べる事は、その土地の気候風土を知る事と共に、設計者の務めと考えていますが、まあ、ブログで今までにも幾度となく書いているように、私、こういった歴史を探る事が仕事以前に、熱血科学少年として好きなんでしょうね、たぶん。(^^)
なので、この度、この図面をスタッフがゲットしてきた時には、なんだかワクワクしてしまいました。(^^;

そうそう、古い図面や地図といえば、うちの事務所にはこんな地図帳があります。↓

1990年3月発行
1990年3月発行の1万分の1の地図  右は事務所(緑の丸)周辺が載っているページ

発行から21年しか経っていませんが、それでも城南(三)の表示の上に記された「大阪教育大池田分校」は既になく、その地には事務所の左上に記された「市立池田病院」が新築移転。そして、その病院跡には集合住宅が建っていて、町並みが移り変わっていった様子がよくわかります。
今まで携わってきた住宅の昔も「ほっほうっ」という感じで載ってたり。

・・・てな具合で、あと20年もすれば貴重な古地図の仲間入りをするのでは、と密かに期待しています!?(^^)  
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2011年05月01日

今津線

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世間のゴールデンウィークとは関係なく<目神山の家>も<五月丘の家>も現場は休日返上で工事中・・・両現場とも竣工予定は5月末から6月上旬の予定ですから、休んではいられない、といったところです。
で、昨日は設計監理のために朝から<目神山の家>へ、そして午後からは<五月丘の家>へ、だったのですが、そんな往き来で利用するのは、やっぱり阪急電車。
十三駅経由で往き来する事が多いのですが、時には気分を変えて宝塚駅経由で今津線を使ったりもします。

今津線といえば、一昨日から全国ロードショー(関西では先行で23日から上映中)となった映画<阪急電車>。そんな映画を記念して、今回は昨日の<目神山の家>からの帰路に撮った今津線の様子を(主に「テツ」な観点から)ご紹介。
まずは西宮北口駅から。はじまり、はじまり・・・。

西宮北口駅
西宮北口駅に進入する車両・・・6両編成  以下7点ともGR DIGITAL III
今津線はもともと、阪神への乗換駅となる今津駅と宝塚駅を直通で結んでいましたが、西宮北口駅で神戸線と平面交差(ダイヤモンドクロス)していたネックを解消するため、1984年に同駅で今津側の(通称)今津南線と宝塚側の(通称)今津北線に分断されてしまいました・・・で、ここでは映画の舞台でもある今津北線を辿ります

女子テツ
ホームの端っこに立つ女子学生が伸ばした手の先にはケータイカメラが・・・おおっ、女子テツ! 既に映画を観たのかな
子供テツ
こちらはどこにでもいる「小テツ」・・・出発進行(テツならブレーキハンドルの位置でわかるでしょう)にワクワク
まあ、その横で先頭の座席に座ってこんな写真を撮っている私も、似たりよったりではありますが (^^;

甲東園駅
甲東園駅  ちょっとわかりにくいかも知れませんが、画像中央の踏切にはこれまたカメラを構えた女子テツが (^^)
小林駅
小林(おばやし)駅
今津北線に当たる路線(旧名: 西宝線)が開業したのは1921年9月2日、今津駅まで全通したのが1926年12月18日の事
現在、その路線を走る車両はもともと神戸線用に開発された3000系と宝塚線用に開発された3100系の2種類が主で、そのデビューはいずれも1964年だそうですから、現役車両としては最古参の部類に入ります

宝塚大劇場
宝塚南口駅を過ぎれば見えてくる宝塚大劇場

ちなみに映画のタイトル同様、私もよく<阪急電車>と書いたりしますが、正式名称は阪急電鉄
まったくの余談ですが、その電鉄本社とグループのトップで阪急と阪神の電車やバスはもとより、写真の宝塚歌劇から東宝、阪神タイガースまで束ねる「阪急阪神ホールディングス」の本社所在地は、いずれも我が池田市の栄町1-1・・・阪急宝塚線池田駅の住所とおんなじです。
でも、そこには阪急阪神ホールディングスの小さな案内板があるだけで登記上だけの本店所在地。本社機能はもちろん梅田のでっかいビルにあります。
・・・えーっと、誠にどうも「だからどやねん」という話でした。(^^;

宝塚駅
宝塚駅に到着した車両  ヘッドマークは映画を記念したもの
このヘッドマークは一部の編成にしか取り付けられていないようなので、沿線で見かけた多くの「テツ」たちはこれがお目当てだったのでしょう、たぶん
ちなみにヘッドマークに描かれている車両は、行き先表示器がない改造前の3000系・・・かなりマニアックです (^^)


以上、(能書きが多かった)片道15分の旅・・・テツな人もそうでない人も、映画を観た後はぜひ今津線へ。(^^)v

おまけ
<目神山の家>の現場監督・I 氏によると、まだ寒さが厳しかった頃、現場近くで南果歩さんを見かけたとか。
どうもこの映画のロケだったようですが・・・目神山は今津線沿線とちゃうやん!
この辺りは映画のマジックのようで。(^^)  
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2011年03月07日

EXPO'70

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昨日のアップした記事の続き。
日本万国博覧会:EXPO'70が開催された当時、私は小学4年生。
そんな私にとって万博は、見るもの聞くもの全てが真新しく光り輝いていた、まさにワンダーランドでした・・・同世代の方だったらこの気持ち、よくわかっていただけるのではと思います。

お祭り広場模型
お祭り広場模型  以下12点ともGR DIGITAL III  写真徒然関連写真: 未来都市

EXPO'70パビリオンの常設展示はそんな少年時代へと心を羽ばたかせてくれる、これまた一つのワンダーランド。十分に楽しませてもらったのでした。

生命の樹
万博当時、太陽の塔の中に展示されていた<生命の樹>・・・たぶんレプリカだと思います

中でも一番心を惹かれた展示は、万国博覧会開催決定のニュースから閉会式までの様子を記録した映像の数々。
朱赤に塗られた回廊状の展示室の角々に映し出される映像は、劣化したフィルムの色合いと壁の模様が微妙に入り混じって、まるで走馬灯のよう・・・これはこれで、なかなかうまい演出だなと関心。

開会式
開会式  左上: 昭和天皇 右上: 日本館コンパニオン 左下: カナダ館コンパニオン 右下: 佐藤栄作首相
パビリオン
会場をグルッと一周するモノレールから撮ったパビリオンの映像

オーストラリア館は建築の印象だけが強くて展示内容の方はほとんど憶えていませんが(オーストラリアの自然が中心だったような)、ソ連館のソユーズの展示は宇宙大好き少年にとってはド圧巻で、今でも鮮明に記憶に残ってます。

リコー館回廊には動画だけでなく、写真パネルでも各パビリオンが紹介されていますが、その中から一つ・・・リコーのGR君で撮っている関係上(?)ここはやっぱりリコー館を紹介しましょう。(^^)
目玉オヤジとかいう人もいたようですが、上部の球体はたしか気球で時々ふわりと浮び、そのけったいな姿は鬼太郎のオヤジというよりも<仮面の忍者 赤影>に出てきた金目教の妖獣<巨眼一ツ目>を連想させてくれたような。
ちなみのこの球体に一体どんな機能があったのか、たぶん当時、まったく興味が無かったためでしょう、さっぱり記憶にありません。(^^)
まあ、たまにとんでもないカメラを売り出すリコーらしいといえば、実にリコーらしいパビリオン、かな。(^^)

と、リコーついでに、当時会場で売られていたグッズの展示品という中にリコーのハイカラー35を見つけました。

ハイカラー35
RIKENON 35mm F2.8 が装着された35mmフルサイズカメラ・・・当時としてはかなり小型に出来ているとみた
ただ、万博プレミアムという事なんでしょうけれど、標準仕様品との違いは万博のシールがあるかないかだけのような (^^;


ちなみにカメラの背後に鎮座するのは当時、日本館の館内をグルグル走っていたリニアモーターカー(模型)をかたどった(たぶん)ブリキ製のおもちゃ。
当時は確か1970年代後半には東京・大阪間を結ぶと言われていたような記憶が・・・結局50〜60年遅れでの開通になりそうですね、って、じゃあ、もともとの根拠は一体なんだったんでしょう。(^^?

さてさて、最後は若干脱線してしまいましたが、万博を知る世代や興味のある方々には秀逸の博物館・・・入場料500円分は必ず楽しめると思いますので、皆さんもぜひ足を運んで見て下さい。
・・・という事で、この後は館を出て公園内へ、なんですが。さらに次回に続く。(^^)v  
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2010年12月17日

テツな本

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昨日、本屋でこんな本を見つけました ↓・・・で、即購入。

表紙
週刊朝日百科 歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄 No.11 No.12  各580円  朝日新聞出版

ページ数にして34ページしかない薄い本ですが、ちょっぴりテツ&阪急沿線界隈が好きな私としては内容の濃い一冊。
北摂や阪神地域の発展史の勉強にもなります。

クロニクル
誌面から  昭和初期の阪急梅田駅  ちなみに能勢電も1ページだけですが、関連私鉄という事で載ってます

で、ウキウキとスタッフに話をすると、いかにも興味なさそうな顔。
・・・まあ、やっぱりこの面白さは「テツ」しか伝わらないようです。(^^;

スタッフといえば、ぜんぜん話は変わりますが、昨日は今年度の一級建築士試験合格発表の日で、去年まで勤め、多くの皆さんに育ててもらった元スタッフ・ I さんが、みごと合格。
はたして苦節何年だったでしょうか (^^)・・・まあ、それはさておき、ともかくもめでたい!
知り合いの後輩たちも多数合格していて、今年の忘年会は彼ら、彼女らの祝の席ともなりそうです。  
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