
棟木(登り棟)が入る一歩手前、雲間から覗いた太陽を背景に 以下8点ともGR DIGITAL 適宜レタッチ・トリミング
ほんの少し違ったアングルは写真徒然で 写真徒然関連写真: 建方
という事で、今日は<四世代の家>の建方(棟上げ)。
どんよりとした曇り空が続く一日でしたが、さすがは大安吉日(?)。数日前の降水確率40%を跳ね除け、夕方近くには時折陽も射すような天気となりました。
一部の方には有名なように(?)私はもっぱらの「雨男」。それを跳ね除ける「晴れ男」パワーが住まい手か、あるいは施工の越智工務店、はたまた棟梁にあったという事なのでしょう。(^^)v

上左は2階床梁の上に並べられた桁や母屋。10月19日の記事<兵庫西進>で、一見して黒焦げのように見えた乾燥釜出しの材も表面を削ればこんな風になります、という証拠写真。(^^)
上右は先日、美味しいおでんをご馳走になった住まい手のお祖母さん・・・昼過ぎに現場を覗いていただけました。
左写真の柱に落書きされているかのような文字は番付・・・とはいっても大相撲の番付とは違います。(^^;この柱の建て場所を示す2次元グリットの記号で、平面上の右端(東)から左へ910mmピッチで<い・ろ・は・・・>、上端(北)から下へ<一・二・三・・・>。
この柱は南西角=最も端っこに建つ柱ですが、<いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねな>・・・事程左様に大きな家です。
朝から詰めていたスタッフから「2階の管柱建てに入りました」との連絡を受けたのは11時半。
おおっ、この分だと15時くらいには棟が上がってしまうかも、と駆けつけたのが13時過ぎ。
でも、2階はレベル差のある胴差や梁・桁がいたるところで摩訶複雑な構造で、実際に15時になった時点ではまだ下写真ような進行具合。
逆に、はたして今日中に棟まで上がるのだろうかと心配になったのですが・・・

ミニ掛矢(掛矢とは本来はでっかい木槌の事で金槌=玄能とはまた異なる)を振るいホゾをかちこむ大工職
・・・ところがどっこい、辺りも暗くなり出した16時35分。
大工職総勢6名の努力により、なんとかんとか棟が上がった<四世代の家>だったのでした。↓パチッパチッパチッ!

登り棟の最後のパーツを追掛け大栓継ぎに押し込む大工職

上棟後の構造外観を道路向いから ぜひ模型写真と比べて見て下さい: 1/100模型
私自身はただ見ているだけ、程度のものでしたが、それでも棟が上がると、やっぱりなんだか爽やかな達成感が(^^)v・・・棟梁はじめ大工職の方々、お疲れ様でした!、だったのでした。

そんな達成感にひたりながら帰る道すがらに見上げた空は、無事の上棟を祝うかのような夕焼け空だったのでした
でも、喜びばかりではなく、実際には反省点も・・・。
一枚目の写真で、シルエットとなった若い大工が左手に持つのは掛矢を振るう際に使う充て木で、松や桧に比べると柔らかい杉の梁や桁を使った普請では、掛矢で叩いて材をかちこむ際に充て木をかまして傷つけないように工夫するのが、まあ、常識。
ところが昼過ぎに私が現場に着くまでは、そんな基本的な事が住まい手には申し訳なくも出来ていない現場でした。
その写真のリンク、写真徒然に掲載した写真にはそんな惨状が明確に。
左下に伸びる横架材の角の欠けがそれ。加えて、横っ腹に斜めに走る傷は、おそらくクレーンでの荷揚げ時に足場で擦ったものなのでしょう・・・。
もちろんこれらは純粋な構造材で、仕上がれば天井裏に隠れてしまう材ですし、傷が付いたとしても構造上はなんの問題もありませんが、植林から製材までの数十年から百数十年に及ぶ時の積み重ねはもちろんの事、製材や乾燥、プレカットなど様々な過程を経てこの現場に縁あって到着した木材という点だけを顧みても、その重みを考えれば、そんなぞんざいな扱いはできないはず。
木の匠であるはずの大工や工務店は恥を知るべき・・・なんのために製材所まで連れて行ってんねん、そんなこともわからんのか!と、まあ、そんな思いの現場だったのでした。
というわけで、遅まきながら、私がどやしてからは充て木をかまして掛矢を打つようになったわけですが・・・「数奇屋建築もやってます」という工務店の言葉を過信し、事前に注意しなかった点が私自身の大きな反省であり、本来は朝から詰めていたスタッフが指示しなければならない事であった点も大いに反省。
今後はそのリベンジも含めて「バシッと引き締めて」と誓った、本日の建方だったのでした。

