今日は朝から、少し前に依頼を受けていた住宅計画の敷地の下見で、奈良・学園前へ。
その帰り道、近くにあった大和文華館に立ち寄ってみました。

撮影は全てGR DIGITAL 一部レタッチ・トリミング
以前にここ訪れたのは1990年の初夏だから・・・17年ぶりになります。
なぜそんなにはっきり憶えているのかと問われれば、同年に応募し最優秀賞を貰った<旧伊丹郷町モデル住宅設計競技>のコンペ図録に、ここで妻に撮ってもらった顔写真を載せたから。
先日の記事<須磨浦公園>といい、結婚以前に訪ねた地に出会う機会に恵まれた今年の春です・・・ちなみに、これで須磨浦公園で結納っぽい会食をしたのも、同じ90年の春だった事を、無事、思い出せました。(^^)
↑まあ、根っからの仕事人間なような・・・(^^;
そんな話はさておき、ここの正面入口脇には三春の滝桜(の子孫)という有名な(らしい)枝垂桜がありますが、早咲きらしく既に散ってしまっていました。でも、それに因んでなんでしょうか、庭内にはたくさんの枝垂桜が植えられていて、こちらはご覧のように5分咲きから満開といった花見頃。「嗚呼、春やねぇ」という感じでした。
大和文華館の設計は故・吉田五十八氏。新興数奇屋の旗手として数々の名作を残した「粋」が服着て歩いているような建築家でしたが、正直この建築はあまり好きにはなれず。
開館したのは私が生まれる半年前、1960年の秋。
モダニズム全盛期の中でも、丹下イズムが日本の建築界を席捲しようかという時代ですから、元禄時代など日本史の中でも露骨に「華」ある時代を連想させるナマコ壁調のファサードは、極めて斬新かつ挑戦的な手法であった、という事は理解できるものの、全体のバランスやそのスケール感にどうも馴染めず・・・要は吉田五十八らしい粋さが感じられないんですよね、この建築には。
省みて、建築デザインってやっぱり難しいなぁ、と思う次第。



椿の写真は画像をクリックするとそれぞれ拡大画像(540×720)が別ウインドウで開きます
話はちょっと飛躍するかもしれませんが、建築デザインを庭内にあった椿に例えると、朽ち行かんその時にも艶を残す赤い椿を取るのか、枝に咲き誇る時がこそ全てのプリミティブな白い椿を取るのか。
根本的なコンセプトに迷いは無くとも、その建ち上げる姿かたちにはその時々の風にも揺られ、迷い巡る自分がいます。
まあ、でも迷った時には両方押えるのがセオリーという事で、ご覧のように両方撮っておきましたけどね・・・お後がよろしいようで。(^^)
で、17年ぶりの地への出会いという事で・・・
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