2006年06月20日

山と製材所

0322
昨夕の<牧落の家>最終検査の前、その日の日中は記事<プレカット図>で書いていたように<奥天神の家>の木取りと構造材チェックを行うため、施工工務店・大和建設の福永氏と共に吉野・大淀町にある松本木材さんへ行って来ました。
そして、住まい手ご夫妻と子供たちもご同伴。自分たちの住まいに使われ材木の由緒を体感してもらいながら山と製材所の小ツアーを楽しんでいただきました。
下写真左は帯鋸による丸太引きを松本さん(左端)の案内で見学される住まい手。
同右は<奥天神の家>に使われる人工乾燥された杉の梁材・・・完成するとこれらの梁材はほぼ全て天井の中に隠れてしまって見えなくなってしまいますが、化粧で見せても良いくらいの良材を持つ松本さんは揃えてくれていました。
感謝・感謝です。

松本木材見学

化粧柱さらに感謝・感謝の出来事は左写真の柱材。
何本か化粧で見せる杉の柱材を揃えてもらったのですが、源平材(赤身と白太の部分がはっきりと分かれている材)も含まれているとはいえ、二方柾・三方柾で年輪が密な良材ばかり。
さらに1階家族の間に鎮座する150角の大黒柱に至っては、図面では杉材の上小節という指定だったにもかかわらず、桧の芯持ち三面無地材(無地=節がない材)でどうですか、と・・・(^^)
予算的には、かなりというか、とんでもなく厳しいはずにもかかわらず、ここまで揃えてくれた松本木材さんには、もう足を向けて眠れません、状態でした。(^^)


そんな嬉しい出来事の後は松本さんの山がある吉野・黒滝村へ。
道中、杉で見積もった大黒柱に、なぜに桧をまわしたかといえば、桧材の価格もここ数年は雪崩現象的な下落傾向にあって、結局、あのような5寸角の柱を製材後長く持っていても採算がどんどん合わなくなるばかりで、1本や2本であれば多少無理をしてでも喜んでいただける方々にお譲りした方が、精神衛生上良い、云々というような、住まい手にとっては嬉しい事ながら、山にとってはたいへんに哀しい実情を聞いたりしながら山へと向かいました。

黒滝村の森

で、車に揺られて1時間。山に到着。
本来は松本木材さんの山を見せていただくのが道理ですが、その山は車が入れる道から徒歩でかなり山道を登らないとたどり着かないという事で、時間的な制約もあり、また小さなお子さんもいる今回は断念し、その麓にある知人の方の山に入らせていただきました。
見せていただいた森は杉を主としながらも桧も若干混じった混交林で、枝打ちなどの手入れも行き届き、木立から射す光で下草(広葉樹の低木)も十分に育って山の保水力が保たれた素晴らしい森でした。
上写真右はそんな森の中で語らう住まい手のご主人と福永氏・松本氏。

黒滝村 160年生の杉でも、多くの場合、手入れために人手を割くことが、人的にも経済的にも難しくなってきているのが山の現状。
道中も、枝打ちが行き届かず、梢だけで葉が生い茂って地表に日の光が届かないため、下草が生えず山の保水力もほとんど失われた森が随所に見受けられました。
実は先の写真の中にも山の現状が映し出されていて、語らう3人の傍に倒れている木々は、森を健全に保つために間伐された杉なのですが、これらの杉は出荷される事もなくこの場で朽ち果て、他の杉の肥料となるしかない運命・・・間伐されたとはいえ、ここまで成長するには25年から30年の年月が積み重なっているにもかかわらず、です。
なぜこのような事になってしまうかといえば、安い外国産材による圧力や戦後の林業拡大政策に起因する木材市場全体の供給バランスの崩れから原木価格が下落の一途をたどり、こんな小径木を山から下ろして市場まで運んでも、人件費と運賃が嵩んで真っ赤な赤字となるため、搬出したくとも不可能、というのがその大きな理由・・・ひとたび豪雨に見まわれれば、これらの木々は流され、土石流となって川下の人家を襲う危険性を孕んでいたとしても、なのです。

上の写真は山からの帰り道に寄った160年生の杉林で撮ったもの。
160年前といえば黒船来航の時分。
植えた人たちは、とてもいまの山の苦境など微塵も予見できなかった事でしょうね。
化粧で見える部分はもちろんの事、例え竣工後は見えなくなってしまう構造材や下地材であったとしても、できるかぎり日本の山で育った木を使う事・・・それが私たちにできる小さな一歩です。

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