2005年06月21日

夏至

0086
朝の太陽今朝の太陽。
とはいっても出勤途中に池田市新町の五月山公園登り口辺りで撮影した太陽なので、すでに日の出からは3時間半くらい経っており、とても朝日とはいえない太陽高度ではありますが・・・。
そう今日は夏至です。
暦によると大阪の日の出は4時45分、日の入は19時14分。
ちなみに日本の東端エトロフ島ラッキベツ岬の日の出は3時16分。西端の与那国島西崎の日の入は19時40分。
今日の日本列島は16時間24分に渡って日の光に照らされる事になります。
あまり意味のないデータですが。(^^;

日本では仏教伝来以来、真西に日が沈み浄土に最も近くなるとされるお彼岸=春分・秋分が尊ばれるようになり、夏至・冬至は日常生活の中ではあまり意識されなくなったようです。
特に夏至は多くの地方で梅雨の真っ最中。太陽が拝める日も少ないからか冬至以上に意識されなくなったように思います。
でも、歴史を遡れば、古代では春分・秋分よりも太陽の力が最も強くなるとされた夏至や最も弱くなって再び復活してゆく冬至が尊ばれていたようです。
日本では縄文時代、世界では新石器時代の頃から芽生えた太陽神信仰によるもので、夏至や冬至に祭礼が営まれ、集落の中の重要な建築も夏至や冬至の日の出日の入点に軸線を合せて建てられていた事が分かってきています。
考古学にはあまり詳しくありませんが、野中堂遺跡のストーン・サークルや三内丸山遺跡の大型掘立柱建物、弥生時代の遺跡とされる吉野ヶ里遺跡の北内郭などがその恰好の事例のようです。
そのような中、伊勢二見浦の二見興玉神社で毎年行われる夏至祭は、神道の根源の一つである太陽神信仰を今に残す貴重な事例なのかもしれません。

キリスト教世界でも事情は同じようで、冬至についてはキリスト生誕とこじつけられて、多くの国でクリスマスだけでは括れない祭礼をいまに残しているようですが、夏至については北欧の夏至祭くらいしか耳したことがありません。
この夏至祭の時に焚かれるかがり火が、夏のキャンプファイヤーの原典というような話を昔聞いたこともありますが、まあ、この辺についてはまったく詳しくないので正否のほどはわかりません。

夕の太陽ともあれ、天気予報によると少なくとも北摂では、今日は珍しく日没まで晴れているようです。
左写真は昨日、記事<晴々朗々>と同じ池田市城南の歩道橋から撮った夕陽ですが、今日も同じような日没が見られるでしょうか。

信心深いにはほど遠い熱血科学少年ですが、今日のところは、太陽は4個の水素原子が1個のヘリウム原子にかわる核融合で輝いているなんて考えず(^^)、タコの足をかじって(夏至にタコを食べるのは故郷・淡路島だけの風習?)日々の太陽の恵みに感謝する事にしましょうか。

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この記事へのコメント
自己レス。天気予報は見事にはずれ。
記事を投稿した直後くらいから、示しあわせたがごとく雲が厚くなりはじめ、太陽は隠れてしまったよう。やはり夏至の太陽がまる一日輝いていることは難しいようですね。
やっぱり昨日夕陽を撮っておいてよかった。(^^)
Posted by masai at 2005年06月21日 20:16